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第8話

 菜奈ちゃんは、到着した消防と警察のひとに、こっぴどく怒られていたけど、ちゃんと手には雪哉くんのご両親の写真立てを持っていた。


「ほら、雪哉。大事にしなさいよ!」

 菜奈ちゃんはそういって、その写真立てを雪哉くんに渡したんだ。

 梅乃宮家の家族が四人で写っている写真。お父さんとお母さんと、まだ幼い雪哉くんと、星哉さん。みんながにこやかに微笑んでいる、幸せが溢れている写真。


「……ありがとな。でも、菜奈、おまえ危ないことすんなよ。なにもなかったからいいものの」

 少しぶっきらぼうに話す雪哉くん。


「ふん。アンタたちを守ってくれたご両親の写真よ。大事にしなさいよ。こんなタイミングで助かったなんて、奇跡だからね」

 菜奈ちゃんはにこりともせず、そのまま背を向けて家の中に入っていく。


「…………」

 その菜奈ちゃんの背中を雪哉くんは、なにか言いたげに見ていた。そして、そんな雪哉くんをあたしが見ていた。


 あたしが思うに、雪哉くんは菜奈ちゃんのことが好きなんじゃないかって思う。女の勘ってやつ。


「とりあえず、ここは僕が対応をするから、立花さんすみませんが、おばぁちゃんと雪哉をとりあえず、お願いできませんか?」

 聖哉さんが警察に説明などをするらしい。


「わかりました。行きましょう、梅乃宮さん」

 父と母が雪哉くんと、鈴おばぁちゃんを家の中に案内していた。


 雪哉くんは遅かれ早かれ、この家はダメだとわかっていたみたいだけど、鈴さんの顔は暗かった。

「立花さん、すみません。私がこの思い出の家を壊したくないと、建て直しを遅らせたせいで、こんなことになってしまい、言葉がありません」

 鈴さんの声は沈んでいた。


 ……そっか。鈴さん、それで建て替え工事を延長していたんだ。思い出詰まったこの家を壊したくはなかったんだ。


「菜奈もパーティに結局来たんだな。珍しい」

 兄が怪訝な顔をしていた。




 梅乃宮家と、うちの家族とみんなで食事をしたんだけど、雪哉くんも鈴さんも聖哉さんも表情は暗かった。


 ……そりゃ、そうだよね。おうちがあんなことになっちゃったんだもん。


「ね、ねぇ、でもほら、みんなが無事でほんとによかった! ねぇ、お母さん」

 あたしはなるべく明るい雰囲気に持っていこうと、母に話しかけた。


「そうよ、そうよ! 星奈ちゃんのいう通りよ! みなさん、お怪我もなくってよかったわ」


「そうですよ。今夜はうちもごちそうがあるんで、どうぞ遠慮なく、食べてください」

 父もみんなに食事をするように勧める。


「そうよ。落ち込んでも起こったことはなにも変わらないわ。鈴さん、今日で八十歳だよね? あたし、お祝いに来たのよ。はい、プレゼント」

 そう言って、菜奈ちゃんは笑顔で鈴さんに小さな紙袋を渡した。


「え! いいのかい? 菜奈ちゃん」

 鈴さんの表情が一気に明るくなった。


 げげっ! あたしなんにも準備してないや。まさか今日、こんな事態になるって思ってなかったから。

 あたしは雪哉くんのほうをチラとみた。


「安心しろよ。菜奈はともかく、誰もおまえがプレゼントを準備してるなんて思ってないさ」

 雪哉くんは澄ました顔で、こちらを一瞥いちべつしただけだった。

 塩! 塩対応すぎ! 


「ゆ、雪哉、そんな言い方はないだろ」

 雪哉くんの隣に座っている聖哉さんが、雪哉くんをたしなめた。


 そう、聖哉さんはいつだって優しい! 昔っからすごく優しい。

 雪哉くんとは正反対だよ。



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