「ふんふふ~ん」
あたしが鼻歌を歌いながら、お店の前を
「どないしたんや。えらい、ご機嫌やな、星奈」
志郎さんがお店に暖簾をかけながら話す。
時刻は午前九時半過ぎ。従業員たちは開店準備に追われている。今日は土曜日だから、きっと忙しくなるはず。
土曜日はいつもより多く、和菓子を作る。
気づけばもう、六月だった。
「え? えー! ご機嫌ってわかっちゃいました?」
志郎さんはいつもタメ口で話せや、水臭いやないけって言ってくるけど、そんなのできるわけないよ。四つも年上だし、一応上司だからね。
「星奈はなんでも顔に出てるで? なんやおれにも教えてくれへんか? 幸せのお裾分けしてや」
志郎さんがあたしの顔を眺めた。そしてさらに会話を続けた。
「なんや、今日の星奈、化粧も気合い入ってへんか? いつも奇麗やけど、今日はいつもの倍、ええ女やで」
志郎さんがまじまじとあたしを見つめる。彼の言動はほんとかウソか、よくわからない。
「えー、志郎さん、そんなお世辞使ってまで幸せのお裾分けが欲しいんですか? しかたないなぁ、もぅ!」
そう言いながら、あたしは緩む頬を引き締めるので精一杯だ。
「欲しい、欲しい。星奈のなら、喜んでお裾分けしてほしーわ」
「実はぁ、梅乃宮さん一家が、うちに昨夜から住んでるんですよ。雪哉くんなんて、もう朝が弱いから、あたしが朝の六時にわざわざ起こしてあげたんですよ。まったく手がかかる。ハァ」
喜びのため息、そんなため息があることを、あたしは生まれて初めて知った。
「な、なんやてぇーーーー!! 星奈、おまえ、あのスカしたキザ野郎、雪哉と暮らしてんか? 雪哉だけじゃない、聖人君主みたいな顔した聖哉もやな!! なんてことや。うちの看板娘にあいつら、なんかしよるに決まっとるでぇー!!」
志郎さんが眉間に
「朝からうるさいよ! 志郎! 星奈だけでもやかましいのに、あんたまでうるさくしてどうすんだ! このボンクラ息子!」
女将さんの怒号が飛んだ。
……女将さんが一番うるさいよ……。
「いやいや、かぁちゃん、うちの大事な従業員にオオカミどもが群がってんやで! これを黙って見とけっていうんかい」
「……志郎、おまえ考えすぎだよ。星奈だよ? ほら、さっさと仕事しなっ」
女将さんに耳たぶをつかまれて、志郎さんは厨房に戻って行った。
……オオカミどもが群がる。雪哉くんにはそうなってほしいけど、雪哉くんにはその機能がないって……。
ホントかなあ……? でもそんなことでウソついても、なんのメリットもないもんね。