やがて泣き疲れて、スヤスヤと眠った鈴さんを聖哉さんがそっと布団に寝かせた。
あたしたちは静かに鈴さんの部屋を後にした。
「星奈ちゃん、どうもありがとう。接し方慣れてるね」
部屋を出て階段を登り終えたところで、聖哉さんから声をかけられた。
「あ、ううん。そうでもないよ。お店でも最近はこういうことがよくあるんだ。高齢化社会が進んでるからかな? 一人だ、寂しいって、お店にもよく高齢のお客さんが来るの」
あたしと女将さんはお店の常連さんたちの相談や、悩みをよく聞いている。主に女将さんがアドバイザーだけど。
月縁堂は老舗だから、地域のひとたちの相談窓口みたいになっている時がある。時々、本当に和菓子屋かわからなくなる。
「そうなんだ。星奈ちゃんは辛いひとに寄り添える、そんな優しさも持ち合わせているんだね」
聖哉さんの目が細くなり、あたしに微笑みかけてくる。澄んだ濁りのない奇麗な瞳。
「そ、そ、そんなこと、いやぁ、聖哉さんってば褒め過ぎだよ~」
あたしは恥ずかしくなって、顔の前で手を振って否定する仕草をする。
「おい、星奈。腹減った。荷物を置いたら、下に降りるぞ。早くカバン置いてこい」
雪哉くんがあたしに話しかけてきた。
「え、ああ、うん。そうだね」
「あ、あのさ、星奈ちゃん、もし良かったら、今度ご飯ご馳走させてくれない? 今日のお礼も兼ねてさ」
ドアノブを握るあたしに、聖哉さんが真剣な眼差しをぶつけてきた。
「え……。あ、お礼なんていいよ。そんな大したことしてないよ」
「いや、僕が気が済まないんだ。だめかな?」
「え、あ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなぁ……?」
そう言いながらも、あたしは雪哉くんの反応を見るが、あたしが誰と食事に行こうが、まるで興味なさそうに廊下に飾られている絵を見ていた。
「星奈ちゃん、ありがとう。じゃあ、いいお店探しておくね。呼び止めてごめんね」
聖哉さんが顔の前で片合掌してきた。
「おい、早くしろよ星奈。おれだけ下に降りるからな」
そう言って雪哉くんは足早に階段を降りていく。
あたしは自分の部屋にカバンを置いて、急いで雪哉くんの後を追う。
「ねぇ、雪哉くん、待ってよ」
「…………」
なにも言わない雪哉くん。
「ねぇ、雪哉くん、バイトってどこでするの?」
あたしは雪哉くんに追いつき、尋ねた。
「おまえに関係ないだろ」
「え〜! 教えてくれてもいいじゃん~。ケチ!」
「ケチで結構。おまえに教えたら、店に毎日来そうだからイヤだね」
目を伏せて、いつもの塩対応する雪哉くん。
「な、なんで~。別にいいじゃん! 常連さんでお店は成り立ってんだよ~! 雪哉くんのけちんぼ!!」
「…………」
なにも言わない変な雪哉くん。さっきはご飯食べに下に降りるぞって誘ってくれたじゃん! 変なの、変なの~!!