十分経ったら、新婚さんのように優しく『ほら朝だよ、雪哉くん。起きないと遅刻しちゃうよ?』って、柔らかい口調で声掛けして、優しく身体を揺らして起こすんだ。
……人生ってなにがあるか、わからないものだね。十五年も片想いしてて、それがまさか一緒に住むことになって、そして告白して……。ん? そういえば、あたし返事もらってないよ!? どういうこと? あの告白は彼の中ではなかったことになってるの?
あたしは彼の寝顔を見つめながら、そんなことを考えていた。
……銀河の星々のように、どこまでも奥深く光を放つ魅力あふれる瞳。整形でも作れないようなはっきりした二重や、その涙袋はひとを惹きつけて止まないだろうね……。ん? 瞳? ん? 開いている? んん!?
「……おい! おまえ、ひとの部屋でなにしてんだ……」
彼の静かな声には怒りの感情があふれていた。
「あ、これは違うの。雪哉くんを起こそうとして……」
あたしは慌てて立ち上がろうとしたが、彼に右手首をつかまれた。
「昨日も今日も、心臓に悪い起こし方ばっかりしやがって……!」
雪哉くんがあたしを睨んできた。いつもの倍怖い!
……やばい。ガチで怒ってる?
そして彼はあたしに言った。
「このストーカーが……」
「え? ス、ストーカー? きちんと手順踏んだよ」
「なんの手順だ? ストーカーにそんな手順あんのか?」
「朝起こす時の手順だよ~。きちんと廊下で声掛けしたし、ノックも一応、一応したよ。雪哉くん、昨日、優しく起こしてって言ってたから、もう少ししたらやさし~く起こすつもりだったんだよ!」
「ハァ。駒塚さんに鍵を直してもらうか……。きっちり鍵をかけて眠らないとな」
雪哉くんがため息をついた。そうだ! この部屋は以前、物置きに使っていて貴重な絵画とかも前は置いていたから、鍵があったはず。
あたしはドアを見た。
……え? えぇ!? サムターン自体がなくなってる!! うそ!
扉の内側のサムターン部分が乱暴に外されて、跡形もなくなっていた。
……お、お母さんの仕業だ! あの雑な感じが、母が犯人であることを示している。ま、間違いない。ここまでするなんて、さすが我が母!
あたしはそ~っと雪哉くんのほうに顔を向けた。
「…………」
うっ! 廃工場の中に高く積まれた行き場のない鉄屑をみるような目で、彼はあたしを見ている。しかも無言だ。
「ちが……。あれはあたしじゃない……」
あたしは必死に否定する。
「……おれの部屋にコソコソと忍び込むようなヤツが、なにを言っても説得力ないね」
雪哉くんが真っ直ぐにあたしを見つめてくる。瞬きすらしてないのが逆に怖い!!
「ご、ごめんね~。もうこんな起こし方しないから。手を離してくれない?」
雪哉くんの力が強くて、外れそうにないあたしの手首。
「おまえさ、朝っぱらから男の部屋に忍び込んでおいて、なにもないと思ってるわけ?」
あたしは雪哉くんに腕を引っ張られ、ベッドに倒れ込んだ。
「い、イタタ……」
あれ、雪哉くんの顔が目の前にある。
「おまえさ、おれのこの間の話がウソだって言ったら、どーする? 実は病気じゃないってな……」
なぜかあたしの上に雪哉くんがいて、両腕を押さえつけられていた。
「おまえ、絶対絶命だな」
あたしを見下ろしながら、彼は悪い笑みを浮かべた。