う、うそ。雪哉くん、うちなんか足元にも及ばない財閥の御曹司なの! こ、これは後で母に聞かなくては……!!
あ……、でもあたし、嫌われてるんだったな……。
「そういえば雪哉、おまえヒマか?」
数字にうるさい兄、
「暇ではありません。来週から大学で人体解剖の授業があります」
雪哉くんがコーヒーを飲みながら答えた。
……人体解剖、うっ!!
その話を聞いたあたしの中から食欲が消えた。
「実はな、うちの製薬会社の研究室で数字の打ち込みのバイトしてくれないか? 急ぎなんだ」
兄は雪哉くんの話をまるで聞いていない。勝手に話を始めた。
「医学生はそういうところでバイトをするのは禁止です。インサイダー取り引きと
雪哉くんがさらにコーヒー飲む。
「研究室で数字を打ち込むだけだよ。なんの薬を開発してるか、雪哉でも絶対にわからないから」
兄が食い下がる。まったくひとの話を聞いていない。
「お断りします」
それでもはっきり断る雪哉くん。
「なら、薬の最終治験のバイトをしないか? 他所から頼まれているんだ。これなら他の医学生もしているだろ? もちろん、この段階までくれば副作用もほとんどないのは知ってるだろ?」
「……考えさせてください」
「雪哉、おまえ、治験のバイトがいくらか知ってるよな? かなり高額なことも」
「……知ってます」
「それでもしないと?」
兄の目が光り、イヤな光を放った。半分脅しだ。
「……わかりました。なら治験がある日を教えてください」
雪哉くんの顔にはなんの感情もなかった。
「お兄ちゃんってば最低! ひとの弱みにつけ込んで」
あたしは兄につっかかる。
「そうよ、樹くん、あんまりよ。雪哉くんも忙しいのよ」
母も兄を非難した。父は新聞を読んでいて、なにも言わない。
聖哉さんも気まずそうだ。
「大丈夫だ。このほうが梅乃宮一家のみなさんもここに居やすいだろう……。そうだろう?」
兄はそう言って笑ったが、あたしは笑えなかった。
そう、うちの家はこういうところがある。どこかおかしい。親切が親切じゃない。
「雪哉くんが可哀想だよ、お兄ちゃん」
あたしは眉を寄せた。
「誰かがやらないといけない仕事なんだ」
兄の声は冷静だった。
「でも……」
あたしは鈴さんと聖哉さんを見た。二人ともうつむいている。
「やっぱりこんなの間違ってるよ。本人が望んでないのに……!」
あたしは兄に抗議した。
「……いいんだよ、星奈。おれも早く自立したいし、樹さんのいうように誰かが実験台になって、薬は生まれていくんだ」
雪哉くんがあたしの顔を見つめた。
「雪哉くん……」
え? 自立したいの? え? 御曹司なのに? もう意味がわかんないよ!! やっぱり後で母に聞く!