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第26話

 朝ごはんを食べ終えると、二階に上がっていく雪哉くんの後をあたしは追いかけた。


 二階に上がった雪哉くんがちらとあたしのほうを見た。待ってくれているような気がした。

 急いで二階に上がる。


「あ、あのさ、雪哉くん、うちの兄が治験のバイト、無理やり押し付けてごめんね」

 嫌われているかもしれないが、これだけは言っておこうと思った。


「……別に。ちょうどお金が必要だったし、良かったんじゃね? ただ治験が終わった後の授業の遅れが心配だったが、おれなら、どうとでもなるしな」

 自信満々にそういうと、雪哉くんは部屋に戻ろうとした。


「え、で、でも病気あるのに治験なんかして大丈夫なの?」

 あたしは思い切って聞いた。


「……あれは精神的なもんだからな。それに……」

 そう言いながら、彼はあたしに近づいてきた。


「おまえのおかげで、もしかしたら案外早く治るかもな。ふっ」

 イタズラな笑みを浮かべて、あたしの顔をのぞきこんだ。


「なに? どーゆー意味?」

 わけがわからないが、今朝抱きついたことは怒ってないみたいだ。


「……そのまんまの意味だけど?」

 雪哉くんがニヤリと笑う。端正が顔立ちだから、笑うだけで妙な色気を放つ。


 ……良かった。とりあえず、嫌われてはいないみたい……。


「ぜんぜん、わかんないっ!! わかんないよ!」

 そういう察しろみたいな態度じゃ、まったく理解できない!!


「そ、それに……」

 告白の返事は? 今、聞きたいよ。


「……なんだよ? 言いたいことがあるならハッキリ言えよ?」

 雪哉くんの顔が近い。彼の石鹸のような香りが鼻をくすぐる。


「あ、あの、あたしの告白の返事は……」

 思い切って聞いた! またしても廊下こんなところで!


「……おまえのこと、おれきらいじゃないよ」

 優しいハスキーボイスが、あたしの耳に届いた。


「じゃな。着替えするから開けるなよ」

 そういうと彼は自分の部屋のドアを閉めた。


 え……? き、きらいじゃない? え……? でもそれって返事になる??


 その時、ガチャリと左の扉が開いた。

「ご、ごめん。聞いちゃった。声が大きいから……。星奈ちゃん、雪哉のこと好きだったんだね」

 あたしがさっき渡したお重のお弁当箱を持った聖哉さんは、なぜか沈んだ顔だった。


 彼はネクタイなしでグレーのスーツを着ている。今から仕事に行くらしい。


 げっ! さっきの聞かれてた! あたしの顔がたちまち赤くなる。


「あのさ、廊下こんなところで、ムードもないけれど、実は僕は星奈ちゃんが好きなんだ。九歳の頃からずっと……、もう十五年、君が好きだ」

 聖哉さんが真っ直ぐにあたしを見つめる。雪哉くんと似ている爽やかな青年、聖哉さん。


 それも十五年もあたしを好き!? えぇぇぇ!? それってあたしの雪哉くんへの片想いと同じ年数……。


 あたしが顔を赤くしていると、今度は右のドアが開いた。 


廊下こんなところで、なに告白してんだよ、兄貴。遅刻すんぞ」

 雪哉くんはいささか不機嫌そうだった。


 さっきは少し楽しそうだったのに? もしかして焼き餅?


 んなわけないかぁ! ……自分で言ってて悲しい。


 でも、もし、もしもそんな奇跡があったら、あたしの部屋の両サイド、お隣の梅乃宮くんたちから片想いされてることになるじゃん! いや、その場合は雪哉くんはどうなる? 両思いか? いやしかし、付き合ってないしなぁ……。


 案外、雪哉くんもあたしに言えないだけで、あたしに片想いの真っ最中だったりして、テヘヘ。あたしのバカな妄想は膨らんでいく一方だった。

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