「じゃあ、行ってきます」
雪哉くんが玄関に向かう。
「あ、あの、お弁当作ったんだ」
あたしは後ろに隠していた二段重箱を差し出した。可愛いピンクの花柄の風呂敷で包んである。
「……今日は運動会でもあるのか」
雪哉くんが重箱を見て、ギョッとした顔をする。
「ううん。これ、雪哉くんのお弁当だよ!」
「こんなに食えるか!」
雪哉くんが語気を強めて言ってきた。
「あら、聖哉さんは喜んで持って行ったよ。『むしろ足りないぐらいだよ~』って……。男のひとって沢山食べるのねぇ~」
「……おれはこれを大学で、みんなの前で食べるのか?」
雪哉くんの瞳は夜の湖のようだった。なんの色もない。絶望した人間のそれだ。
「そうだよ。もし足りない時は言ってね! 増やすから」
「……もういい。せっかくだから持っていく。サンキュな」
雪哉くんがあたしからお弁当箱を受け取る。
「重っ! こ、これ、なにが入ってんだよ!」
雪哉くんが声を荒げた。
「あのね、雪哉くんのは特製なの。とびっきり精がつくもの、たっくさん入れておいたから、薬だと思って食べてね」
「……おまえ、朝からほんとサイテーなヤツだな……」
雪哉くんが盛大なため息をついた。
「あ、そうだ! ねぇ、帰ったらデート、どこ行くか決めようよ!」
昨日は日曜日だったけど、壊れたお家のこととかで、梅乃宮さん家は家族会議をしていた。
「おまえさ、休みって言葉を知ってるか? まぁいいや。おまえには、もうなにを言っても無駄な気がする」
雪哉くんが心底呆れた顔をした。
「な、なによ~! その言い方~! 無駄ってなによ~」
あたしは反論する。
靴を履いた雪哉くんが、首をかしげてあたしの顔を見る。
「な、なに?」
あたしの心臓の動きが早くなる。
「だってそうだろ、おまえ、おれのことになると、なにを言っても聞かないだろ?」
クスッと楽しそうに笑いながら、雪哉くんは重い扉を開けて出て行った。
……なに、なんなの。
雪哉くんの残り香にすら、ときめくあたし。たしかになにを言っても、自分でさえ止められない気がする。制御不可だ。