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第27話

「じゃあ、行ってきます」

 雪哉くんが玄関に向かう。


「あ、あの、お弁当作ったんだ」

 あたしは後ろに隠していた二段重箱を差し出した。可愛いピンクの花柄の風呂敷で包んである。


「……今日は運動会でもあるのか」

 雪哉くんが重箱を見て、ギョッとした顔をする。


「ううん。これ、雪哉くんのお弁当だよ!」


「こんなに食えるか!」

 雪哉くんが語気を強めて言ってきた。


「あら、聖哉さんは喜んで持って行ったよ。『むしろ足りないぐらいだよ~』って……。男のひとって沢山食べるのねぇ~」


「……おれはこれを大学で、みんなの前で食べるのか?」

 雪哉くんの瞳は夜の湖のようだった。なんの色もない。絶望した人間のそれだ。


「そうだよ。もし足りない時は言ってね! 増やすから」


「……もういい。せっかくだから持っていく。サンキュな」

 雪哉くんがあたしからお弁当箱を受け取る。


「重っ! こ、これ、なにが入ってんだよ!」

 雪哉くんが声を荒げた。


「あのね、雪哉くんのは特製なの。とびっきり精がつくもの、たっくさん入れておいたから、薬だと思って食べてね」


「……おまえ、朝からほんとサイテーなヤツだな……」

 雪哉くんが盛大なため息をついた。


「あ、そうだ! ねぇ、帰ったらデート、どこ行くか決めようよ!」

 昨日は日曜日だったけど、壊れたお家のこととかで、梅乃宮さん家は家族会議をしていた。


「おまえさ、休みって言葉を知ってるか? まぁいいや。おまえには、もうなにを言っても無駄な気がする」

 雪哉くんが心底呆れた顔をした。


「な、なによ~! その言い方~! 無駄ってなによ~」

 あたしは反論する。


 靴を履いた雪哉くんが、首をかしげてあたしの顔を見る。


「な、なに?」

 あたしの心臓の動きが早くなる。


「だってそうだろ、おまえ、おれのことになると、なにを言っても聞かないだろ?」 

 クスッと楽しそうに笑いながら、雪哉くんは重い扉を開けて出て行った。


 ……なに、なんなの。


 雪哉くんの残り香にすら、ときめくあたし。たしかになにを言っても、自分でさえ止められない気がする。制御不可だ。















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