「桃子ったら、お腹痛いのずっと我慢して映画見て、お昼ご飯の最中に突然お腹が痛いって言い出したのよ。そこに偶然、雪哉くんのお父様が通りかかる、そんな運命に誰も勝てはしないわ」
「お母さん……」
母は相当、雪哉くんのお父さんのことが好きだったのだろうか?
「安心して。私ね、今の生活でよかったと思っているの。実際、雪哉くんのお父様に恋していた私に恋してくれたのが、主人。あなたのお父さんだから」
母が自慢げに言う。
「ねぇ、でもさ、雪哉くんも聖哉さんもそんな大企業の御曹司なのに、どうしてこんな扱いなの? 家も壊れて、聖哉さんは普通に公務員だし……」
そんな家系なら、普通は孫を放っておかないだろうに……。
「……何度も桃子の親から鈴さんに手紙が来てるわよ。でも、雪哉くんの親が鈴さんを遺言で未成年後見人に指定していたから、今まではそう簡単に手出しができなかったみたいだし、でも、もう家もなくなっちゃったし……。この先どうなるかよね……。雪哉くんも聖哉くんも成人したわけだし、あとは本人たち次第じゃないかな?」
母は淡々と口にしたが、あたしは複雑だった。
もし、雪哉くんがそんな財閥に引き取られれば、今までみたいに会えなくなりそうだ。
「鈴さんももう高齢だしね……。そのあたりはあの二人もわかっていると思うけど、鈴さんも決してお金持ちではないからね~、老人ホームのお金も厳しいかもね……」
母が顎に手を当てて考え事をしていた。
——あたしは昔、雪哉くんに初めて会ったことを思い出していた。あたしと雪哉くんの出会いも、あたしにとっては奇跡的な出会いだった。
あたしが六歳の頃の夏休み、友達はみんな遊びに出かけたりしていた。誘われてもけっして外には出してもらえなかった。
自由……そんな友達を見てると、あたしも一度でいいから一人で外出してみたくてしかたがなかった。
家ではいつもピアノのレッスン、お勉強。バレエ。どれも大嫌いだった。あたしにとってはつまらない日常。
冒険がしたかった。
家中、どこに行っても必ずついてくる駒塚。今よりもずっと走るのが早く、あたしは何度も脱走を試みたが、いとも簡単に捕まっていた。
駒塚に捕まって、大泣きするあたしに、お隣に遊びに来てる男の子は言ったんだ。
「おまえ、よくそんな大声で泣けるな。近所迷惑だぞ」
同い年ぐらいだってことはすぐにわかった。やたら奇麗な顔立ちと、その特徴的な声で一度で覚えた。
なにかのアイドルグループか、子役でもやっているのかと思うほど、奇麗な男の子だった。