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第31話

 結局、あの男の子が誰なのか、駒塚に聞いても『お隣の梅乃宮さん家のお坊ちゃんですよ』としか教えてくれず、雪哉くんのお父さんお母さんが事故で亡くなって、お隣に越してくるまで、あたしは名前すら知らなかった。


 ……アイスをくれた男の子と、カブトムシをくれた男の子、二人とも雪哉くんだったのかな? 似ているけど、なにか違ったような……。

 でも、あの口の悪さは雪哉くんだよねぇ……!!


「星奈ちゃん、星奈ちゃん」

 母の声で現実世界に戻ってきた。


「……ん? なぁに?」


「今日はお仕事お休みなの?」

 母が心配そうな顔をしている。


 時刻はもう九時前だ。


 げっ!! やばい! 遅刻する!!


「今日は駒塚に送って行ってもらいなさい。駒塚、駒塚~」

 母が駒塚を呼ぶ。


「ううん。いいの、あたし、ちゃんと自分で行くよ。もう社会人だもん」

 あたしは母の部屋を飛び出した。


「……どうせ、星奈ちゃんにはいつも誰かついてるのに……」

 母のため息と、聞き間違いかと思う言葉が聞こえた気がした。


 ……ん? ついてる? なにが?


 よくわからないけど、あたしは家を飛び出し、全速力で走る。電車で二駅だが、今日は走りたい気分だった。


 雪哉くんはあの梅乃宮の御曹司だった。そして母は雪哉くんのお父さんが好きだった。

 そしてこの先、雪哉くんとずっと一緒にいれる保証なんて、どこにもないってこと。


 心臓がバクバクする。

 そうなれば、そうと決まれば、デートを重ねて、雪哉くんのハートを掴み取るしかないわ!!


 そして、雪哉くんと結婚するのよ、星奈!! 


 あたし、絶対に諦めない!! この同居はきっと神様が与えてくれた大チャンスよ!


 相思相愛になって、あたし、ずっと雪哉くんと一緒にいるんだから!!

 雪哉くんの隣にいるのはあたし、そうなってみせる!!


 朝から闘牛のように、職場に勢いよく乗り込んだあたしを見て、志郎さんも女将さんも目をまんまるくしてた。

「うちは牛を雇ってる覚えはないね」

 女将さんが呆れた声を出した。


「星奈、大丈夫か? 走ってきたんか?」 

 志郎さんがあたしにお水を渡してくれた。そのお水を持ってあたしはロッカーに入る。


「おっいしい~お水~!! ぷはぁ! 生き返ったぁ~!! おはようございま~す!! 遅刻ギリギリ五分前! セーフ!!」

 あたしは着替えを終えて、タイムカードを押した。


「志郎さん、お水、ありがとうございます」

 あたしは志郎さんにお礼を言う。最近、少し日に焼けた志郎さんはワイルドに磨きがかかっていて、とても和菓子屋に勤務しているようには見えない。


「星奈、いつも時間に余裕を持ってくるのに、珍しいなぁ。なんかあったんか」

 志郎さんが怪訝な顔をした。


「あ、まぁ色々ありまして……」


「色々ってなんや!? あの梅乃宮の男どもが、おれのかわいい星奈になんかしよったんか?」

 すごい剣幕で訊いてくる志郎さん。


「どちらかっていうと、あたしのが色々してるかも……、あはは」

 あたしは笑って、自分の行いを振り返った。バスタオルでウロウロ、寝起きドッキリを仕掛けたり……。


「そら、なにかするとしたら、星奈の方だろうね」

 女将さんが横から口を挟んできた。





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