「ななな、なに言ってんの女将さん!」
あたしの行動をまるで知っているかのような、女将さんの言動。
「あんなスカした冷たそうなやつが、星奈は好きなんか?」
志郎さんが真面目な顔をして訊いてくる。
「……え、あ、うん」
返答に困るよ、志郎さん。
「くだらんおしゃべりはもう終わりだよ。ほら、さっさと開店の準備をしな、二人とも」
女将さんが手を叩いて、あたしたちをせっついた。
あたしがお店の前を掃除していると、志郎さんがやってきた。
「なぁ、さっきの話、本当か? 星奈はほんまにあんな氷のような男が好きなんか? 聖哉じゃなくて?」
精悍な顔つきの志郎さんが、今日は一層、
「あ、うん。そうなんです。えへへ、なんでか女将さんにはバレバレでしたね」
あたしは笑ってごまかした。
「そうなんや。星奈、めちゃめちゃ男の趣味が悪いけど、何事も経験や。結婚するまでに、いろんな恋をするんも大事なことや」
志郎さんが花壇の花にお水をあげながら言った。
……うっ、男の趣味が悪い……。ぜんぜんフォローになってないよ、志郎さん。
「ま、雪哉が嫌になったら、いつでもおれんところにきたらええよ」
志郎さんは冗談か本気かわからない口調だった。
「…………」
あたしは黙っていた。時々、志郎さんの発言がどこまで本心かわからないからだ。
***
本日のおすすめは『桃の
今年は桃自体が手に入りにくいので、こちらも限定品だ。
頑固で無口な大旦那自慢の羊羹だ。桃が変色しないように裏技を使って作っているらしい。
パートの稲村さんの大好物で、毎年、この期間限定の桃の羊羹を楽しみにしているらしい。
なんでも桃の缶詰では、本来の桃の旨み成分を活かせないらしい。
ツヤツヤの薄いピンクの白桃と、白餡の組み合わせの二色になったものと、黒餡と白桃と組み合わせで色合いがはっきりした美しい羊羹とが、ショーケースにたくさん並んでいる。
「うちは二人だから。白あんと黒あん、両方買っちゃおうかな」
パートの稲村さんが、桃の羊羹を幸せそうに眺めている。稲村さんは高校生の娘さんがいるんだけど、今年から寮生活になったらしく、今は夫婦二人で暮らしているらしい。
高校生の娘さんがいる、とてもそんな歳には見えない。
ショートの髪がよく似合っていて、小柄で可愛らしい。
そして、とっても穏やかで、あたしは稲村さんが大好きだ。
「あたしも買いたいけど、さすがに八個はダメだよね……」
元々お客様の和菓子だ。
「星奈、別に八個買ってもいいんだよ」
背後から女将さんの声がした。
「え? いいんですか?」
「まぁ、どうせ、雪哉は食べやしないけどね」
女将さんの口から信じられない言葉が飛び出した。
「え?」
あたしは聞き返した。
「アンタ、雪哉が甘いもの嫌いって知らないのかい?」
女将さんが忙しなく瞬きをした。
「え? でも、この間はわらび餅を買いにきていたし……」
お会計を間違えて、塩対応された時のことをあたしは思い出した。
「あれはあれさね、ご両親の仏壇用の御菓子だよ」
女将さんの一言にあたしは固まった。
……え、甘いものキライなの?