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第33話

「え……、雪哉くんって甘いもの嫌いなんですか? いつから?」

 そんな、じゃあ、あたしが作った和菓子も嫌いってこと?


「さぁ、いつからだったかね。ご両親が亡くなったあたりからじゃなかったかねぇ。聖哉は甘いものが昔っから好きだけどね」

 女将さんの言葉にショックを受けるあたし。


 え? じゃあ、あたしの『和菓子で惚れさせる大作戦』は実行できそうにないってこと? そ、そんなぁ……。

 でも聖哉さんは甘いものが好きなんだ。ふ~ん……。


 その時、なにかがあたしの頭の中を通り過ぎた。遠い昔の記憶……。初恋の相手が毎日くれたアイス。

 それを一緒に食べる至福の時間……。初めての恋……。

 なにやら違和感を感じたが、あたしにはその違和感の正体がなにかわからなかった。


 ……いいもん。絶対にあたしの和菓子を好きだって、きっと言わせてみせるから! きらいなものが急に好きになったりなんて、よくある話だしね。


 ***


「じゃあ、お疲れ様でしたぁ!!」

 あたしは仕事を終え、タイムカードを押した。


「お疲れさん」

「星奈、明日は休みやな。ゆっくりしいや」

「お疲れさま」


 女将さん、志郎さん、大将からお疲れ様と労いの言葉をかけられて、二駅先のスタビに向かう。

 今日は高校時代からの友人らと、少しお茶をして帰るんだ。 


 電車に乗って街を見てると、夜景が見える。立ち並ぶ高層ビル、マンション、タワマン、こんなにたくさんのひとが生活していて、こんなに普通の暮らしの中で、大好きな人がいるあたしは幸せだなって思う。


 二駅はあっという間で、すぐに待ち合わせの駅に着いた。ここのスタビで待ち合わせ。スタビは全国展開している、美味しいコーヒーショップだ。

 駅の中にあるスタビは全面ガラス張りで、超おしゃれだった。


 ここは広いし、ゆっくりできる。なにより大きなソファがこの店は多い。あたしたちが集まる時は大抵がこの店なんだ。


 みんなに会うの三週間ぶりぐらいかな。時刻は午後六時二十分だった。待ち合わせは六時半だったから、少しだけ早く着いた。

 あたしはウキウキしながら、駅の中を歩く。あたしの雪哉くんへの十五年来の片想いを知っている友人らに、まだ同居の件は伝えていない。


 ……みんなに話したら、さぞ驚くだろうなぁ……ウシシシ。早くみんなの驚く顔が見たい。楽しすぎてスキップしたい気分だ。


 あたしはそんな踊り出したい気持ちを抑えて、スタビの自動ドアから店内に入った。


「いらっしゃいませ」

 男性の声がした。すごくハスキーでそれでいて、イケボで聞いたことのある声。


 あたしが店員さんのほうを見ると、男性店員さんはにこりと微笑んだ。


 世界の数学者たちが憧れる、黄金比の顔がそこにあった。


「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 笑顔のまんま表情ひとつ変えなかったが、なんでここがわかったんだという激圧を飛ばしてきている、その店員は雪哉くん、そのひとだった。


「え、ここでバイトしてるの?」

 あたしはびっくりしたまんま固まっていた。今回は本当に尾行とかしていない。これは運命的な恋、そう思わずにはいられなかった。

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