「え……、雪哉くんって甘いもの嫌いなんですか? いつから?」
そんな、じゃあ、あたしが作った和菓子も嫌いってこと?
「さぁ、いつからだったかね。ご両親が亡くなったあたりからじゃなかったかねぇ。聖哉は甘いものが昔っから好きだけどね」
女将さんの言葉にショックを受けるあたし。
え? じゃあ、あたしの『和菓子で惚れさせる大作戦』は実行できそうにないってこと? そ、そんなぁ……。
でも聖哉さんは甘いものが好きなんだ。ふ~ん……。
その時、なにかがあたしの頭の中を通り過ぎた。遠い昔の記憶……。初恋の相手が毎日くれたアイス。
それを一緒に食べる至福の時間……。初めての恋……。
なにやら違和感を感じたが、あたしにはその違和感の正体がなにかわからなかった。
……いいもん。絶対にあたしの和菓子を好きだって、きっと言わせてみせるから! きらいなものが急に好きになったりなんて、よくある話だしね。
***
「じゃあ、お疲れ様でしたぁ!!」
あたしは仕事を終え、タイムカードを押した。
「お疲れさん」
「星奈、明日は休みやな。ゆっくりしいや」
「お疲れさま」
女将さん、志郎さん、大将からお疲れ様と労いの言葉をかけられて、二駅先のスタビに向かう。
今日は高校時代からの友人らと、少しお茶をして帰るんだ。
電車に乗って街を見てると、夜景が見える。立ち並ぶ高層ビル、マンション、タワマン、こんなにたくさんのひとが生活していて、こんなに普通の暮らしの中で、大好きな人がいるあたしは幸せだなって思う。
二駅はあっという間で、すぐに待ち合わせの駅に着いた。ここのスタビで待ち合わせ。スタビは全国展開している、美味しいコーヒーショップだ。
駅の中にあるスタビは全面ガラス張りで、超おしゃれだった。
ここは広いし、ゆっくりできる。なにより大きなソファがこの店は多い。あたしたちが集まる時は大抵がこの店なんだ。
みんなに会うの三週間ぶりぐらいかな。時刻は午後六時二十分だった。待ち合わせは六時半だったから、少しだけ早く着いた。
あたしはウキウキしながら、駅の中を歩く。あたしの雪哉くんへの十五年来の片想いを知っている友人らに、まだ同居の件は伝えていない。
……みんなに話したら、さぞ驚くだろうなぁ……ウシシシ。早くみんなの驚く顔が見たい。楽しすぎてスキップしたい気分だ。
あたしはそんな踊り出したい気持ちを抑えて、スタビの自動ドアから店内に入った。
「いらっしゃいませ」
男性の声がした。すごくハスキーでそれでいて、イケボで聞いたことのある声。
あたしが店員さんのほうを見ると、男性店員さんはにこりと微笑んだ。
世界の数学者たちが憧れる、黄金比の顔がそこにあった。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
笑顔のまんま表情ひとつ変えなかったが、なんでここがわかったんだという激圧を飛ばしてきている、その店員は雪哉くん、そのひとだった。
「え、ここでバイトしてるの?」
あたしはびっくりしたまんま固まっていた。今回は本当に尾行とかしていない。これは運命的な恋、そう思わずにはいられなかった。