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第37話

「しーっ! 静かに! 星奈、声がデカいって! 雪哉くん、こっちにらんでるわよ」

 京香が口の前で人差し指を立てた。


「まったく、星奈は雪哉くんのことになると、ヒグマや、スズメバチとも戦いそうね。で、返事はどうだった?」

 おっとりとした雰囲気で話す愛美。


「へ、返事……、それがよくわからないんだ。『おまえのこと、きらいじゃない』とは言われたけど……」

 そう、それ以外、なんにも言われていない。


「なにそれ。星奈さ、好きって言った後、付き合ってくださいとか。きちんと言ったの?」

 凛ちゃんが首をかしげた。


「あ~っ! 言ってない、言ってなかった!」

 あたしは肝心なことを言い忘れていた。脳内から完全に消えていた。


「さすがは星奈。抜けてるわね」

 凛ちゃんが軽く笑った。


「でもさぁ、きらいじゃないって言い換えれば、好きってこと?」

 京香が顎に手を置き、宙を見ながら考えている。


「えー、どうだろうね。あの氷の貴公子、雪哉だよ? そもそも彼はひとなんて好きになるの? あ、今、星奈と一緒に住んでるから気まずくなりたくなくて、はっきり断れないんじゃない?」

 凛ちゃんの言葉に、がくりと項垂うなだれるあたし。


 ……そうかぁ、そうだったのかぁ……、ぐすん。いいんだよ、雪哉くん、そんな気を遣わなくて……。


 あたしはカウンターでケーキをお皿に乗せている雪哉くんを見た。


 ……一生懸命働いてるなぁ……。好き。大好き。


「でもさ、星奈。雪哉くんがダメでも聖哉さんがいるじゃない!」

 気を遣い、明るい声を出しているのは愛美。


「……聖哉さん? 彼女いるんじゃない……?」

 あたしは朝、お弁当を渡した時の彼の嬉しそうな顔を思い出した。イケメンはイケメンに間違いない、雪哉くんとよく似ているし……。


 ——暑い夏休み……。泣いてばかりの六歳のあたし、夏の午後。うるさいぐらいの蝉の声。半分こして食べる美味しいソーダアイス、いつも会うたび口の悪い雪哉くん……。それでも二人で笑いあって食べたアイス。アイスもカブトムシも雪哉くん……? なぜか朧げな記憶がまた騒ぎ出した。


 あたしはかぶりを振った。

 正直、聖哉さんを男性として意識したことがない……。それに雪哉くんがだめだから聖哉さんって失礼じゃない?



「彼女いたって、星奈なら大丈夫よ。あんたどちらかっていうと、母親似で美人じゃない」

 凛ちゃんがサラッとすごいセリフを吐いた。それって寝とれってこと?


「そうそう、星奈、スタイルだけはいいしねぇ……」

 京香があたしの脚をジロジロ見てきた。まるでセクハラオヤジだ。



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