あたしたちが帰る支度を始めると、なにを思ったか雪哉くんが植木のところにやってきた。
「植木さん、もうとっくに定時は過ぎていますよ。今は労働時間はきちんと守らないと叱られますよ」
雪哉くんが微笑しながら、植木に話しかけた。
「え……?」
急に話かけられて戸惑う植木に、続けて雪哉くんは言った。
「星奈はおれが責任を持って、家まで送り届けますよ」
雪哉くんのサラサラの髪が揺れた。いつもの塩らしさがないのは、ここが彼の職場だからだろうか。
あたしは突然の雪哉くんの行動に、唖然となった。理解できないでいた。
「あ、え、ゆ、雪哉くんが星奈を送ってくれるの?」
ひどく動揺した京香の声がした。
「雪哉くん、久しぶりね。星奈をきちんと家まで送り届けなさいよ」
凛ちゃんが大人の女性らしい美声で、雪哉くんに話しかけた。
「あ、えと、星奈、よかったね」
愛美から安堵の色が伝わってきた。
「し、しかし……」
食い下がる植木に雪哉くんが言った。
「おれじゃ、頼りになりませんかね?」
自信満々の言い方だった。
「い、いえ、そんなことは」
植木が雪哉くんに圧倒されていた。雪哉くんの物言いは有無を言わさないものがあった。
「星奈、それでいいか? どうせ閉店までいるつもりだったんだろ?」
あたしの目を見つめる雪哉くんは、いつもとどこか違って優しかった。
「う、うん! もちろん閉店までいるよ!」
え? うっそ! うっそぉ! 雪哉くんと一緒に帰れるの?
嬉しい! 嬉しいよ~! 生きててよかったよぉ~!!
「あ~あ、星奈ってば泣いてるよ」
「ほんと単純よね、星奈って」
友人らの楽しそうな呆れ声があたしの耳に届いた。