帰宅してから、雪哉くんは父と母のいるリビングに真っ先に向かい、先ほどの言葉をいの一番に口にしたのだった。
「雪哉くん、星奈の護衛に気付いたのだね」
父が飲んでいた赤ワインをテーブルに置いて、雪哉くんに何か言いたげな視線を向けた。
「ええ。実はここに来た時から気づいていました。星奈の通勤時にも護衛がいそうですね」
雪哉くんが長いまつ毛を伏せた。
……えぇえ!? そーなのぉ!? あたしは驚愕した。尾行にも、護衛にも何年も気づいていなかったあたし。
成人した時にお祝いされて、流石にもう自由になったのだと思っていた。
だから今朝、母はあたしに『どうせ星奈ちゃんには誰かついてるのに』と言ったのだ。
えー、あたし今朝走って仕事場に行ったのに、そのあたしに誰か走ってついてきてたの?
あたしは急須でお茶を入れる駒塚を見た。なぜか駒塚があたしからすばやく目を逸らした。
どうやら、あたしの今朝の護衛&監視役は駒塚だったみたい。車で尾行されたに違いない。駒塚があたしの走りについてこれるわけがないからだ。
「ほぉ、さすが雪哉くんだな。その通りだよ。うちの大事な娘だからね。娘を守るのは親の仕事だから」
父が感心した声を出した。その言葉に雪哉くんの眉が少し寄った。父は雪哉くんの話を受け流している。
「雪哉くん、今日は星奈を連れて帰ってきてくれて、どうもありがとう」
母が朗らかに微笑んだ。母はいつもと変わらずに安穏としていた。
「……いいえ。じゃあ僕はこれで。出過ぎた真似をしてすみません」
父に呆れたのか、雪哉くんがカバンを持ち、自分の部屋に戻ろうとした。
「雪哉くん、星奈の護衛の件は考えておくから」
父の言葉には少しも重みがない。あたしから護衛を外す気なんてないのが丸分かりだ。
「あ、雪哉くん、待って。鈴さんと話し合って、梅乃宮家の土地はうちが買い取ったわ」
母が思い出したように言葉にした。
母のその話を聞いた雪哉くんが、立ち止まった。
「え……」
雪哉くんが信じられないといった様子で振り返って父と母を見た。二人ともニコニコと楽しそうだ。
「鈴さんね、老人ホームに入居を考えているみたいなの。もうお歳もお歳でしょ」
母が少しだけ躊躇しながら、言葉にした。鈴さんの年齢のことはさすがの母も言いにくいらしい。
「……そうですか。おれは今、初めて聞きました」
雪哉くんの声のトーンが明らかに下がった。
「鈴さん、雪哉くんたちに気を遣わせたくないんじゃないかしら? ほら、あなたたちもこれから自分の人生があるわけだし。家を建て直しても、雪哉くんか聖哉くんがそこに残ることになるでしょう? あなたたちを縛り付けたくないんじゃないかしら……」
母は優しい言い方をしたけど、雪哉くんの心境は複雑だろうなと思った。