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第46話

 帰宅してから、雪哉くんは父と母のいるリビングに真っ先に向かい、先ほどの言葉をいの一番に口にしたのだった。


「雪哉くん、星奈の護衛に気付いたのだね」

 父が飲んでいた赤ワインをテーブルに置いて、雪哉くんに何か言いたげな視線を向けた。


「ええ。実はここに来た時から気づいていました。星奈の通勤時にも護衛がいそうですね」

 雪哉くんが長いまつ毛を伏せた。


 ……えぇえ!? そーなのぉ!? あたしは驚愕した。尾行にも、護衛にも何年も気づいていなかったあたし。


 成人した時にお祝いされて、流石にもう自由になったのだと思っていた。


 だから今朝、母はあたしに『どうせ星奈ちゃんには誰かついてるのに』と言ったのだ。


 えー、あたし今朝走って仕事場に行ったのに、そのあたしに誰か走ってついてきてたの?


 あたしは急須でお茶を入れる駒塚を見た。なぜか駒塚があたしからすばやく目を逸らした。


 どうやら、あたしの今朝の護衛&監視役は駒塚だったみたい。車で尾行されたに違いない。駒塚があたしの走りについてこれるわけがないからだ。


「ほぉ、さすが雪哉くんだな。その通りだよ。うちの大事な娘だからね。娘を守るのは親の仕事だから」

 父が感心した声を出した。その言葉に雪哉くんの眉が少し寄った。父は雪哉くんの話を受け流している。


「雪哉くん、今日は星奈を連れて帰ってきてくれて、どうもありがとう」

 母が朗らかに微笑んだ。母はいつもと変わらずに安穏としていた。


「……いいえ。じゃあ僕はこれで。出過ぎた真似をしてすみません」

 父に呆れたのか、雪哉くんがカバンを持ち、自分の部屋に戻ろうとした。


「雪哉くん、星奈の護衛の件は考えておくから」

 父の言葉には少しも重みがない。あたしから護衛を外す気なんてないのが丸分かりだ。


「あ、雪哉くん、待って。鈴さんと話し合って、梅乃宮家の土地はうちが買い取ったわ」

 母が思い出したように言葉にした。


 母のその話を聞いた雪哉くんが、立ち止まった。


「え……」


 雪哉くんが信じられないといった様子で振り返って父と母を見た。二人ともニコニコと楽しそうだ。


「鈴さんね、老人ホームに入居を考えているみたいなの。もうお歳もお歳でしょ」

 母が少しだけ躊躇しながら、言葉にした。鈴さんの年齢のことはさすがの母も言いにくいらしい。


「……そうですか。おれは今、初めて聞きました」

 雪哉くんの声のトーンが明らかに下がった。


「鈴さん、雪哉くんたちに気を遣わせたくないんじゃないかしら? ほら、あなたたちもこれから自分の人生があるわけだし。家を建て直しても、雪哉くんか聖哉くんがそこに残ることになるでしょう? あなたたちを縛り付けたくないんじゃないかしら……」


 母は優しい言い方をしたけど、雪哉くんの心境は複雑だろうなと思った。



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