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第48話

「そういうことでいいよな? 父さんも母さんも。おれも雪哉も忙しいんだ。星奈のおりばかりしてられないんだ」

 兄がそういうと、ぐうの音も出ないようで父も母も「それならしかたない」と納得せざるを得ないようだった。


「雪哉が切り出してくれてよかったよ。あっはっは」

 兄が笑いながら、シアタールームのほうに歩いていった。牛乳を飲みながら、これから映画でも観るのだろうか……。


「……星奈ちゃん、お父さんも、お母さんも悪気があったわけじゃないの。でもごめんなさい。嫌だったわよね……」

 母が黙って立っているあたしの手を握って、謝ってきた。


「……星奈、この家にはおまえが必要なんだ。雪哉くんの前で話すようなことではないんだが……」

 父が気まずそうに雪哉くんを見た。


「おれ、もう部屋に戻りますよ」


「い、いや、星奈だけじゃなく雪哉くんにも聞いてほしい。しばらくはこの家に暮らすんだから隠しても仕方がない。少しだけ座って話さないか?」

 父が部屋に戻ろうとする雪哉くんを引き止めて、ソファに座るように促した。


 雪哉くんがソファに座ったので、その隣にあたしも座る。駒塚もいつの間にか退室していなくなっていた。


「で、なんですか? 話って……」

 雪哉くんが父と母を見た。


「うちの家族がこんなに和気藹々わきあいあいと過ごせるのは、星奈がいるおかげなんだ」


 ……え? 


 父の言葉にあたしは唖然となった。


「高学歴ばかり集まると、うまくいかないことも多々あるんだ。特にうちの子供たちは難なく東大に入ったからね。ああ、星奈は別」

 父の言葉にムッとなるあたし。


「そう、それが時々、息が詰まる時があるのよ。樹くんなんてあんな調子でしょ。なんでもかんでも数字にこだわるし、でも会社の仕事もスポーツでもなんでもそつなくこなすわ。菜奈ちゃんもそう、言い出したら聞かないし、お料理も勉強もなんでも完璧にこなす、できないことがない」

 母が少し疲れたように息を吐いた。


「雪哉くん、君ならわかるよね? 完璧ってすごく疲れるんだよ。なんでもできるって、ある種、こちらは気を抜けないんだよ、親として」

 父が立ち上がり、冷蔵庫を開けて雪哉くんにビールを持ってきた。


「少し飲まないか、雪哉くん」

 父がグラスを雪哉くんに差し出した。


「少しなら」

 雪哉くんが父からグラスを受け取った。


 不思議な光景だった。父と雪哉くんがお酒を酌み交わしている。


「星奈がいるとね、息が抜けるんだよ。いい意味でね」

 父があたしを見た。その瞳は慈愛に満ちていた。







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