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第49話

 ……え? そうなの? あたしだけ東大卒じゃないことに劣等感を抱いていたんだけど……。


「星奈にも、学歴をと思って子供の頃に教育をしたんだが、星奈にはそれが合わなかったみたいでね。でも結果、これでよかったって私たちは思っているんだ」

 父が母のほうを見て、微笑んだ。母も父に微笑み返した。


「もちろん樹くんも菜奈ちゃんも大切なうちの子供よ。かわいい子たちよ。でもあの子たちにはないものを星奈ちゃんは持っているの。ボーとしていて、すごくそそっかしいんだけど、我が家の緩衝材みたいな役割が星奈ちゃんなの」

 母があたしを見つめる。その目は聖母のようだった。


「そう星奈は本当に見ていられないぐらいおっちょこちょいで、マヌケで、不器用で……」

 父が雪哉くんに向ける笑顔も、その目も柔らかいものだった。


「ちょっとさっきから二人ともひどくない? そそっかしいだの、おっちょこちょいだの、マヌケだの……」

 あたしが反論する前に父が言葉を重ねてきた。


「でもね、できないぶん、一生懸命なのが星奈なんだよ」

 父の言葉にあたしは涙が出そうになった。


「そう、それがかわいいのよ、私たちの癒しなの。そんな星奈ちゃんを守りたかったの、それだけだったの」

 母がテーブルの下で手を組み、続けて言った。


「でもね、間違っていたわね……」

 母は笑っているが、どこか寂しそうだった。


「……そうですね。でも、お二人が星奈をとても大事に思っていることはわかりましたから」 

 雪哉くんはそう言って、ビールを一口飲んだ。


 ……あたし、そんなふうに思われていたの? できない子じゃなくて? 


 やばい、嬉しくて泣きそうだ。


「ごめんね、星奈ちゃん」

「その、すまんかった、星奈」

 父と母から謝られたけど、あたしは涙がこぼれそうで、ゆっくりとかぶりを振った。


 膝に置いていたあたしの手の上に、温かい手が乗った。隣に座っている雪哉くんの手だった。


 あたしはびっくりして顔を上げた。雪哉くんがあたしを見て微笑んでいた。


「どうやらおまえは、この家の宝物だったらしい」


 彼の言葉であたしは完全に涙腺が崩壊した。


「……お父さん、お母さん、今まで守ってくれてありがと」

 今日はなんて素敵な日だろうと思った。


 父と母の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。



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