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第55話

 あたしの脳は停電していた。きっと今、口を開けっぱなしであたしはアホヅラをしている。

 雪哉くんとのキスは一瞬だった。あたしの唇にわずかに触れた唇。柔らかかった……。


 ……あたしの初めてのキス、雪哉くんとキス……信じられない……。


 余韻に浸り、呆然とするあたしに彼は言い放った。


「いい気味だな」


 そしてニヤリと口角を上げた。余裕がある顔だった。なぜか彼の周りの吹雪も止んでいた。

 雪哉くんが自分の部屋に戻って、しばらくしてからようやく、あたしの脳の回線は繋がった。


 ……し、信じられない、信じられない。廊下あんなところでファーストキス? うそ、嘘、ウソ~!!!!


 あたしは完全にパニックで階段を駆け降りた。階段を降りたところでスリッパが滑り、片方が飛んでいき、転んで派手に膝と両腕をついた。


「あてっ!」

 イタタ……。受け身はとったけど、なかなかに痛い。


 視線を感じて見上げると、廊下にいる雪哉くんがあたしを見下ろし、笑っていた。なんとも愉しそうな嫌な笑みを浮かべているではないか、なんだあの男は!


「ちょ……、大丈夫!? 星奈ちゃん」 

 リビングから聖哉さんが飛び出してきて、あたしの腕を持って起こしてくれた。


 あたしは元凶ゆきやくんを見た。ひとが転んだのに彼はまだ笑っていた。

 満足そうなその笑みは、もはや塩どころではない、あれは悪魔ハバネロだ。


「星奈ダメだろ、家の中を走るなよ」

 階段から降りてきて、あたしの真横を通りすぎる時に、彼はそう言いながらも、ほくそ笑んでいた。


 ひとが転んだのが、そんなにおかしい!? 


 あたしは雪哉くんのことがまったくもってわからない。なぜにキスをしたのか。好きかどうかわからないんじゃなかったのか。


 聖哉さんとその後、他愛ない話をしたけど、あんまり内容が入ってこなかった。


 その日の夜はなかなか寝れなかった……。


「おはよう、星奈ちゃん、もう十時よ~」

 次の日は母の声で起きた。今日が休みでよかった。


 雪哉くんも、聖哉さんもとっくにいなかった。あたしは胸を撫で下ろした。


 あたしが遅い朝ご飯を食べているところに母がやってきた。今日もエレガントな紺のワンピースを着ている。

 菜奈ちゃんは見た目は母にそっくりだと思う。


「星奈ちゃん、美味しい?」

 母は隣に座って、あたしがロールパンを食べているのを見ている。母の様子がおかしい。

 目がらんらんと輝いている。


「……美味しいよ、なに?」

 あたしはロールパンにバターを塗った。こういう時の母の会話は覚悟をもって聞かなければならない。


「あのね、お隣の土地買い取ったじゃない?」


「うん」


「それでうちを増築しようと思うの! ほら、いずれ誰か結婚すれば手狭になるでしょう?」

 母の目は強い光を放っていた。そのいずれはあたしだと言いたげだった。


「お母さんねぇ、孫の世話を身近でするのが今の夢なの」

 母は胸の前で手を組んだ。いつものお嬢様らしいポーズだ。










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