あたしは朝ご飯を食べ終えてから、白黒ストライプ半袖パーカーとキャメルカラーのオーバーオールに着替えた。
母は大学卒業後に、すぐに父と結婚をしている。
パン教室とフラワーアレンジメント教室に現在通っているが、多分、母はとても寂しいのだろうと思う時もある。
子育てがほぼ終わり、みんなそれぞれの道を突き進んでいるからだ。
あたしは子供を産んだことがないからわからないけど、母がリビングのグランドピアノを狂ったように、頭を揺らしながら、鬼指とも言える高速手つきで弾いている時にそう思う。あれで多分ストレスを発散している。
ピアノを弾いているのに、髪は乱れ、夜叉のようになり、汗まみれなのだ。いったい母はピアノでなんのスポーツをしているのだろうと、ずっと思っていた。
あたしは鈴さんのところに向かった。老人ホームに即入居するのか気になっていた。
……すっごく寂しそうだった。イラついて、どうしようもなくって、もしかしてそれで気持ちのやり場がなくって、あたしにあんな意地悪をしたんじゃないかな? いいよ。あたし、そういうのわからなくもない。誰だってそういう時あるよ。受け止めるよ、すべて受け止める覚悟だよ、雪哉くん……。
あたしは鈴さんの部屋をノックして『鈴さぁ~ん! 入ってもい~い!?』と大きな声で聞いた。
「はい、どうぞ」
中から鈴さんの穏やかな声がしたので、ドアを開けて中に入る。鈴さんは薄手の水色のブラウスにグレーの長いズボンを穿いていた。
髪が薄くなったからと、紺色のバンダナを頭に巻いている。
……鈴さぁん、今日も可愛いっ! バンダナかわいい! さすが梅乃宮家のおばぁちゃんだよ~! 抱きしめたい可愛さ!
あたしは鈴さんに抱きつきたいのを我慢した。あたしの力が強すぎて怪我をさせる恐れがある。
鈴さんの部屋のベッドは電動リクライニングベッドだ。
これだと起き上がりが楽だ、と兄が準備した。兄が何者か、どうして介護に詳しいのかわからない。
夜中、トイレに行くのが大変だろうとポータブルトイレまで、兄が買ってきた。どんだけ親切!?
鈴さんの部屋はシンプルで病室みたいになっている。あまりにも味気がない。
「ねぇ、鈴さん、お庭行かない? 今日は曇りで今の時期、紫陽花がまだ咲いてるよ!」
鈴さんを誘い、あたしは庭に出た。二人でゆっくり歩く。
全盛期は終わったが、紫陽花の花はまだ咲いていた。水色の花が圧倒的に多い。
……のんびりした時間、癒される……。
あたしは大きく息を吸い込んだ。気持ちいい。
「奇麗だねぇ」
紫陽花を見て、にこやかに微笑む鈴さんを見て、あたしはこのおばあちゃんをまだ、老人ホームとやらに行かせたくない気持ちが沸々と湧いてきた。
……そうだ!! 増築した部分に住んでもらったらどうだろう! そしたらみんなハッピーハッピーじゃない!? まだ誰も結婚なんてしないんだし……。
『星奈、おまえが提案してくれたのか? 流石だな、ありがとう。これでばぁちゃんと居られるな。おまえ、天才だよ。実はおれ、おまえのこと、前から……』
雪哉くんがあたしを抱きしめ、濃厚なキスをするシーンが頭に浮かんだ。
ふふふ……! この作戦で彼のハートはあたいのもんよ!
あたしはまた笑いが止まらなくなった。
もうすぐ夏がやってくる、そんな湿った風が吹いた。心なしか風も楽しそうだ。
ニヤケがたまらない、そんなあたしの様子を見て、鈴さんも微笑んだ。