あたしたちが庭を散歩してると、
「星奈」
凛とした声があたしを呼んだ。
「え?」
あたしは驚いて顔を上げた。
……この声は、まさか、まさか……。
「マンションのお風呂が壊れちゃった。参ったわ。しばらくこっちから大学に通うわ」
眉を下げる困った顔の、母にそっくりの美人。そう、あたしに声をかけてきたのは菜奈ちゃんだった。
あたしとは違い、全体的にスレンダーな美女である菜奈ちゃん。母にそっくりだが、性格が真逆だ。彼女はサバサバで、毒舌だ。それも超、毒舌。
今日もベリーショートの黒髪で、黒のブラウスにジーンズというシンプルな格好だが、口元に塗られた真っ赤な口紅と目元のほくろが妙に色っぽい。
とても二十一歳には見えない。
それは胸元のボタンを外しているからだろうか……。その肌の白さだけがあたしたちは似ている。
同じ双子でもなぜにこうも違うのか……。あたしは童顔とよく言われる。
「菜奈ちゃん、おかえり! え? お風呂壊れたの?」
あたしは明るい声を出したが、複雑だった。菜奈ちゃんに雪哉くんは優しいから、不安……。
「そう! パネルの温度調整がうまくできないの。しかも時々、水が出るのよ、最悪」
菜奈ちゃんがため息混じりに口にした。
「た、大変だね」
あたしは棒読みでしか答えられなかった。一抹の不安を感じる。
菜奈ちゃんの部屋はなんと、雪哉くんの部屋の隣なのだ。
「鈴さん、こんにちは。お散歩してるの?」
菜奈ちゃんは鈴さんを見ると、満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは。菜奈ちゃん。お世話になってます」
鈴さんがゆっくりと頭を下げた。腰が曲がっているので、頭を下げるのもおそらく一苦労だ。
「なにか困ったこととかない? なんでも言ってね」
菜奈ちゃんが鈴さんと話している。菜奈ちゃんは医者を目指しているだけあって、高齢者の鈴さんにはとても優しい。
会話が一段落するのを見計らって、あたしは菜奈ちゃんに尋ねた。
「ねぇ、どのぐらいこっちにいるの?」
「……さぁね。わかんない。旧型だから、部品の取り寄せに時間がかかるって言われたから、たまんないよね」
菜奈ちゃんが紫陽花を眺めながら答えた。横顔も母にそっくりだ。母も若い頃、こんなモデルみたいな美人だったんだろう。
「そうなんだ。大変だね」
あたしの心はさっきからざわついている。先ほどから言葉が『大変だね』しか出てこない。
「……もしかしたら、ずっとここにいるかも」
菜奈ちゃんがあたしの瞳を見つめながら、そのまま会話を続けた。
「私さ、雪哉のこと好きだから。ここに居たい、かも……」
菜奈ちゃんの瞳は熱を帯びていた。
あたしの不安は的中してしまった……。
ハイスペック菜奈ちゃんが、よりによって恋のライバルになってしまった瞬間だった……。