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第60話

 あたしは菜奈ちゃんとお昼ご飯を食べるために、地下鉄に乗り、繁華街の中を歩いていた。


 やがて菜奈ちゃんは敷居の高そうなうなぎ屋の前で立ち止まった。

 手書き風の暖簾といい、二階建てのベージュを基調とした純和風な建物からは風格が漂っている。

 いかにも老舗といった感じで、常連様のみって感じがする。


 それに鰻の匂いも上品な気がする。気のせい?


「えぇ!? こんなとこに入るの?」

 あたしは焦った。現在の所持金は七千円もない。最近の中高校生でも、もう少し持っていそうだ。


「こんなとこってなによ。私は鰻が食べたいの」

 菜奈ちゃんは着替えたのか、黒のAラインワンピースを着ている。そのAラインが彼女のスタイルの良さを引き立てている。ワンピースから出た細い二の腕が目を惹く。とにかく細い。 

 現にこの店に来るまでに、菜奈ちゃんに見惚れる男の視線を嫌と言うほど感じた。菜奈ちゃんは慣れているようで、まったく気にしてなかった。


「で、でもここ高そうじゃない? あ、あたし、お金が……」

 あたしは大盛りパスタ専門店か、バイキングに行こうって言ったんだけど、菜奈ちゃんが断固拒否したのだ。


「大丈夫よ、ほら行くわよ! もう予約してあるのよ」

 菜奈ちゃんに手を引かれ、あたしも店内に入る。


 店に入ると、さらに鰻を焼く香ばしい香りが濃くなった。あちこちに花が生けてあったり、富士山の絵が飾ってある。店内も選ばれしものしか入ってはいけない様な高級な雰囲気だ。

 少なくとも所持金が、高校生レベルの大人あたしが入る店ではない。


 キョロキョロするあたしは完全に不審者だ。

 鰻といえば、我が家は鰻職人を呼んでいたので、外で食べたことがない。


 店内は賑わっているようだが、全室個室のようだ。


「いらっしゃいませ。立花様ですね」

 和装の落ち着いた大人の男性が菜奈ちゃんを見て、声をかけてきた。歳の頃は三十前後だろうか。

 短く切り揃えた髪が清潔感があって、一重の目元が涼しげだ。


 あたしたちは一番奥の個室に案内された。中はお座敷だった。

 菜奈ちゃんと向かい合って腰をおろす。


「ねぇ〜、菜奈ちゃん、よくここに来るの?」

 あたしは尋ねた。先ほどの男性店員は菜奈ちゃんが名乗る前に声をかけてきた。


「うん。そうね、前はよく彼氏ときたわね」

 菜奈ちゃんがお品書きを見ている。


「か、彼氏!? 菜奈ちゃん彼氏いたの!?」

 初耳だよ!


「あんた歳いくつ?」

 菜奈ちゃんがため息をついて、あたしを見つめた。


「だって、そんなこと、一言も……」


「別にいちいち報告することでもないでしょ。結婚するわけでもないんだし」

 菜奈ちゃんは真剣になにを頼むか、考えている。


「ま、まさか、家を出たのって……」


「あんな家に住んでたら、なにもできないでしょ!?」

 淡々と言葉を放つ菜奈ちゃんは大人だった。














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