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第61話


 菜奈ちゃんはひつまぶしを注文して、あたしはうな重を注文した。

 いやらしい話、うな重が一番安い。


「ねぇ、星奈ってなんで彼氏作らないの?」 

 菜奈ちゃんは興味津々だった。


「え、いや、特に理由はないけど。へへ」

 雪哉くんに十五年も片想いして、現在進行形だとは言えない。菜奈ちゃんにバレたら、なにを言われるかわからない。


 あたしたちは姉妹仲はうまくいっていると思う。それは菜奈ちゃんがあたしより、ぜんぶ上だからだ。そしてこうして、あたしを知らない世界に案内してくれるのも菜奈ちゃん。


 あたしは菜奈ちゃんが好きだ。姉としても、人としても。強引だが、実は優しいのも知ってる。


「そうなんだ。てっきり好きなひとでもいるのかと思ってた」

 菜奈ちゃんはスマホを確認しながら、口にした。


「いない、いない、いるわけないじゃん! あはは~」

 菜奈ちゃんのその一言に、あたしの心臓が跳ねたのは言うまでもない。


 結局、菜奈ちゃんが主に大学の話などをして、あたしは和菓子の話、女将さんや志郎さんの話などをして、二人で笑い合った。


 鰻は大きくて、お値段に見合っていた。とにかく分厚かった。

 久しぶりに菜奈ちゃんと食事した気がした。


「菜奈ちゃん、ご馳走様でした」

 あたしはお会計を終え、洗面台で口紅を塗り直す菜奈ちゃんにお礼を言った。


「別にこのぐらいいいわよ」

 菜奈ちゃんの唇を赤いルージュがゆっくりと走る。


「このぐらい!? あたしが頼んだうな重でも、六千円近くしたよ!?」


 ……高いよ。お昼ご飯にこんな大金使えないよ。どうなってるの、菜奈ちゃん。


「私、バイトしてるのよ」

 菜奈ちゃんが口紅を白い小さなポシェットにしまった。


「バ、ババイト?」

 その真っ赤な口紅といい、色気ムンムンで大人の雰囲気を纏う菜奈ちゃん。

 ふんわりと香る甘く気高い薔薇のような香水の香り。

 まさか、夜のお商売をしているのでは……。菜奈ちゃんなら、きっとそのお店のナンバーワンだろう。

 今日の黒いワンピも某ブランド品であることは分かっていた。


「星奈、心配しなくてもいいわよ。あんた、なんでも顔に出るんだから」


「え?」


「私、塾の講師のバイトしてるのよ。アンタが考えてるような、そんなバイトしてないわよ」


「あぁ、そうなんだ」

 あたしは胸を撫で下ろした。菜奈ちゃんがもし危険な夜のお商売をしているのなら、全力で止めなければならない。


「アンタ、すごく失礼よ。あたしがいかがわしいことしてると思ったでしょ?」

 菜奈ちゃんの口元が少し笑っている。


「それに星奈、アンタ好きな男性ひといるでしょ? さっきわかっちゃった」

 彼女は得意げに笑って、洗面台に背を向けた。

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