「ねぇ、聖哉、そのシナモンロール美味しそうね、
菜奈ちゃんがシナモンの甘く、スパイシーな誘惑に負けた。
「は、半分!? 普通、一口じゃない!?」
聖哉さんが目を丸くした。
正直、あたしは見慣れている。いつも菜奈ちゃんから、半分のおねだりをされるのは兄の樹だ。
「いいじゃない、半分ぐらい」
なぜだか、至極楽しそうな菜奈ちゃんだった。
「あたしが菜奈ちゃんのぶんのシナモンロール買ってくるよ。鰻のお礼」
あたしが立ち上がると、手を掴まれた。聖哉さんだった。
大きなゴツゴツした大人の男性の手。あたしは雪哉くん以外の男性の手なんて知らない。
心臓が跳ねた、慣れていない。ただそれだけだ。
顔が赤いのが自分でもわかる。聖哉さんの手の温度を直に感じるからだ。
「も~、いいよ。仕方ないから、このシナモンロールは菜奈ちゃんにあげる~」
聖哉さんがいじけたフリをしながら、菜奈ちゃんにシナモンロールのお皿を渡した。
「やった! ありがとう」
菜奈ちゃんは嬉しそうだったが、菜奈ちゃんって他人にこんなに図々しかったっけ?
あたしの中になにか、違和感が生まれた。
「ねぇ、星奈ちゃん、一緒にシナモンロール買いに行こう」
聖哉さんに手を引かれ、一緒にショーケースに向かった。
雪哉くんはバイトの女の子と楽しそうに話をしていたが、こちらに気づくと笑顔で対応してくれた。
結局、あたしは桃のワッフルを聖哉さんにご馳走になった。今日はご馳走になってばかりだ。
期間限定品のその品は、ワッフルの上にたっぷりと乗ったホイップクリームに、桃を細かく刻んだものが散りばめられていて、相性が抜群だった。
口の中で冷たい桃がとろける。
「うぅ~ん!! おいし~いっ!! えへへ、聖哉さん、ありがとう」
あたしは聖哉さんにお礼を言った。口の中に甘く優しい桃の香りが残っている。女子って香りにめっぽう弱い。
「星奈ちゃんは本当に美味しそうに食べるんだね~。君のためなら、ここにある商品、僕はすべて買い占めるよ……」
雪哉くんに負けず、聖哉さんの瞳も
奇麗だな……。この瞳は見覚えがある。ソーダアイスをくれたあの男の子の目だ。
忘れるわけがない。初恋なのだから。
「ぷっ! あはは! 聖哉、あんたここで格好つけても決まらないからね! だいたい何の冗談よ」
菜奈ちゃんがクシャクシャの笑顔になった。
あたしは視線を感じて、カウンターの方を見た。雪哉くんがこちらを見ていた。またしても目が合うと、すぐさま逸らされた。
それにさっきから冷凍庫みたいに寒い、と感じているのはどうやらあたしだけらしい。
……え、なんで見てるの? うるさいのかな? え? でもそんなに大きな声で話しているつもりはないんだけど……。あ、もしかして雪哉くんも今、お腹が空いてるの? シナモンロールが食べたい気分なの?
あたしたち三人はお腹も心も満たされて、スタビを後にした。
菜奈ちゃんと、聖哉さんとあたし、お隣に住んでいたけど、今まで一緒に帰ったりしたことはない。
尽きないお喋りに、明るい聖哉さん、大好きな菜奈ちゃん。
ここに雪哉くんもいたら最高なのになぁ、と思う自分がいた。