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全てを無に還す少女と、全てを燃やす拳の少年
全てを無に還す少女と、全てを燃やす拳の少年
まりあんぬさま
異世界恋愛ロマファン
2025年06月19日
公開日
6.2万字
完結済
──炎と無。 決勝の鐘が、静かに鳴り響いた。 灼熱の火柱が吹き上がる闘技場。 観客席は息を飲み、舞台の中央に立つ二人の存在を見守っている。 「これより──《第一学園精霊トーナメント・決勝戦》を開始します!」 華やかな司会の声が響く中、ゆっくりと歩み出る少年。 リオ=バーンレッド。 入学初日に《基本属性最強》の火の精霊《イグニア》と契約しながらも、 一切の武器も魔具も用いず、己の拳一つで戦い抜いてきた異端のファイター。 紅蓮の炎を纏いながら、彼の肉体はまるで鋼のように引き締まっている。 対するは、静かなる気品を纏う少女。 シエラ=アルフィネ。 第一学園の絶対的存在にして生徒会長。 契約する精霊は、あらゆる能力を“無”へと還す《ゼロの精霊》──《ノルデン》。 白銀の髪を風に揺らし、冷ややかな眼差しでリオを見据える。 (ようやく……ここまで来た) 入学式の日、ただ落としたハンカチを拾ってくれた──それだけのきっかけだった。 けれど、その一瞬で、彼は生徒会長シエラに一目惚れしてしまった。 ただ話したかった。笑ってみたかった。 だが、彼女は“生徒会長”という高嶺の花で、周囲すら近寄らせない壁の向こう側にいた。 ならば── 拳と炎で、正面から突破するしかない。 「俺はあんたに、伝えたいことがある」 「その言葉、私を倒せたら聞いてあげる」 風が止む。 シエラが静かに手を掲げ、無の力が空間を侵食する。 「──すべてを静止せよ。《虚無領域》〈アブソリュート・エリア〉」 全ての術式、全ての魔力、その発動を拒絶する無の結界が広がっていく。 だが、リオは豪快に笑った。 「だったらちょうどいい。拳には、無効も何も関係ねぇ!」 背後で咆哮する火の精霊《イグニア》。 リオの両拳に、炎の奔流が宿る。 紅蓮の闘志と、静謐なる無がぶつかり合う。 拳 vs 無。激情 vs 理性。 その激突の先にあるのは、想いの告白か、敗北か。

第1部 拳と炎で、恋を掴み取れ!──精霊学園トーナメント編 予選

春の陽気が学園の敷地に差し込み、新入生たちの胸を高鳴らせていた。


リオ=バーンレッドも、その一人だった。




「よーし! 今日からオレの学園生活が始まるんだなっ!」




真っ赤な髪を風になびかせ、拳を突き上げる少年──リオ。


単純で、正直で、豪快。


誰かに何かを言われようが、思ったことをそのまま言い、信じた道を一直線に突き進む。そんな性格だった。


入学式が終わり、新入生たちはそれぞれの教室や施設を見学していた。


リオも、構内を興味津々に歩いていたが、ふと、角を曲がった瞬間。




「──あっ」




風が吹き抜け、小さなハンカチが舞い上がった。




「あ、落とした!」




リオが拾おうと駆け寄ったその時、先に誰かの手がそれを拾い上げた。




「……はい」




無表情ながらもどこか静かな気品を纏った少女。


白銀の髪、透き通るような瞳。そして完璧な制服の着こなし。




「お、おぉ……! サンキューな!」




リオが受け取ったその瞬間、何かが爆ぜた。


それは心臓の奥に小さく灯る火。


一目惚れだった。


だが、その少女はすぐに歩き去っていった。立ち止まることも名乗ることもなく。


後にリオは知る。その少女こそが──生徒会長、シエラ=アルフィネ。


生徒会は学園内でも絶対的な権力と影響力を持つ存在。


──数日後。




学園の神聖なる行事、「新入生精霊契約儀式」の日がやってきた。


大理石が敷かれた契約の円陣に、新入生たちが一人ずつ呼ばれては中央へと進み、自らの精霊との絆を結ぶ。




「次、リオ=バーンレッド!」




「おうっ!」




リオは胸を張って中央へと歩み出た。観客席からはどよめきが起きていた。




(あいつ、武器も持ってないぞ……?)


(素手で契約するつもりか?)




生徒たちの視線が集まる中、リオは目を閉じ、拳を胸元に重ねた。




「──オレの拳に宿る者よ、名を告げろ。燃え上がれ!」




円陣が紅蓮に染まり、炎が天へと昇る。


その中心から現れたのは、紅き鎧を纏う巨躯の精霊だった。




《我が名はイグニス。熱と爆炎の王。拳と共に在らん──》




その瞬間、観客席から大きなどよめきが沸き起こった。




「な、なんだあの精霊の大きさ……!」


「紅蓮の鎧!? あれ、本当に火の精霊かよ……!」


「今まで見たどの契約よりも……ヤバい……!」




息を呑む空気の中、リオとイグニスは契約を交わす。


──生徒会室。シエラ=アルフィネは優雅に肘をつき、静かに言葉を紡いだ。




「リオ=バーンレッド……最強の火の精霊イグニスと契約したという報告を受けましたわ。しかしながら、彼は絡め手を一切使わず、ただ真っ向勝負を貫くと申します……この稀有な戦法には、畏敬の念を抱かざるを得ません。」




副会長のカイルが険しい表情で口を開く。




「その直情的な戦い方が厄介です。普通なら策略で翻弄できるのに、彼はそれを一切許さない。まさに生半可な相手ではない。」




書記のレンは文字を浮かべながら冷静に言う。




「このまま放置すれば生徒会の威信が揺らぎます。対抗策を打たねばなりません。学園全体の関心が集まっている今、これを利用しない手はない。トーナメントという形にして、多くの生徒の力を集めれば排除も可能でしょう。」




広報のミアはくるりと髪を揺らし、弾むような声で言った。




「ねえねえ、リオくんの真っすぐさ、めっちゃカッコいいし注目度バツグン!でも、私たちだって負けてられないよね♪ トーナメント、めちゃ盛り上がりそうじゃない?」




会計のリディアは優雅に扇子を広げ、穏やかに微笑みながら話す。




「そうでございますわね。私どもの力を結集し、このトーナメントを利用すれば、彼をうまく排除できるかと存じますの。」




シエラは立ち上がり、凛とした声で宣言した。




「承知いたしました。生徒会の権威と学園の秩序を守るため、生徒会主催の精霊トーナメントを開催いたします。」




五人は揃って頷き、静かにその決意を胸に刻むのだった──。


精霊契約儀式が終わり、リオは興奮冷めやらぬまま校舎裏を歩いていた。




「うおおーっ! なんか体から火が出そうなくらい力が湧いてくるなっ! イグニス、お前スゲーぞ!」




そんなリオの前に、影が三つ。




「……へぇ、いいご身分だなァ? 新入りが調子こいてんなよ」




「精霊契約のヒーロー気取りか? ここは“拳”じゃなく“駆け引き”が主流なんだよ、坊や」




「俺たちは"破戒の三牙スリー・ファング"、この学園の地下格──げふん、裏の掟を知る連中よォ!」




そう言って現れたのは、見るからにガラの悪い三人組。学園の有名なトラブルメーカー、不良トリオだ。




 ・リーダー格:ギルド=ガラム(細目でニヤけ顔。喧嘩が好き)


 ・力任せタイプ:バロック=ドラン(筋肉脳。語彙少なめ)


 ・策士ぶりたい系:ネイロ=ジーク(メガネ。知識ひけらかしがち)




ギルドが肩を鳴らしながら近づく。




「そこの拳バカ。お前のせいでウチらの目立つ舞台が全部吹っ飛んだんだよ」




ネイロが笑いながら眼鏡を押し上げる。




「契約精霊の素体反応値……イグニスは火属性最高峰。なるほど、理論値だけなら上位ですなあ」




「……ぶっ潰す」




唐突にバロックが拳を振り上げる。




「へへっ、ちょうど力試ししたかったところだ。三対一でも文句ねぇよなァ!?」




リオは眉をひそめ、拳を握りしめた。




「文句なんかあるかよ! 三人まとめて相手してやらぁ! ……ただし、手加減はしねぇぜ?」




三人の表情が一瞬引きつる。


──そして数分後。


校舎裏の地面に転がる三人の姿があった。




「……な、なんだよアイツ……精霊使わずに素手って……」


「ゴリ……いや、火の拳が……重すぎ……」


「僕の……脳内理論が……通じなかった……」




リオはポケットから水筒を取り出してゴクッと飲むと、にっこり笑った。




「おう、次はもうちょい工夫して来いよ! でも、楽しかったぜ!」




契約式を終えたリオは、構内をうろうろと歩いていた。


頭の中は、契約よりも白銀の髪と透明な瞳──あの気品ある少女のことでいっぱいだった。


だが、そんなとき。




「ほらほら、精霊契約すらできなかった“無能クン”は、ここで精霊のマネでもしてなよ!」




「ひっ……や、やめてください……っ」




物陰から聞こえる数人の笑い声と、怯えた声。


リオの足がぴたりと止まる。


──なんだ?


彼が音の方へと足を向けると、校舎裏の影に数人の生徒が集まっているのが見えた。


その中心にいたのは、一人の痩せた少年。黒髪を下ろし、制服の裾を掴んで俯いている。


彼の胸元には、精霊との契約印がなかった。




「ほら、また無精霊クンが涙目だよ〜。かわいそうに〜」




「う、うるさい……僕だって、努力してる……ッ」




「は? 努力で精霊が手に入るなら、誰も苦労しねぇよ!」




「──おい」




低く、地鳴りのような声が響いた。


リオだった。




「なんだよアンタ、今いいとこ──」




「言っていいか? オレ、そういうの嫌いなんだよ」




ズン、と地面が揺れた気がした。




「や、やべ……行こうぜ!」




次の瞬間、数人の不良たちはリオの目力と“火の気配”に尻込みし、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。残されたのは、うずくまる一人の少年。


リオは無言で手を差し出す。


しかし──




「……別に、助けてなんて頼んでない……」




少年は顔をそらし、手を払った。小さな声で吐き捨てる。




「……どうせ、僕なんか……。精霊とも契約できないし、才能もない。誰に何言われたって、変わらないんだ……」




その姿を、リオは少し呆れたように見下ろす。




「……めんどくせぇやつだな、お前」




「……っ」




「ま、いいけどさ。別にオレ、お前の性格直そうとか、そういうんじゃないし」




「……じゃあ、なんで助けたのさ」




「うーん? あ、そうだ!」




リオはパッと表情を変えた。




「お前、あの銀髪の子──白くて綺麗な髪で、気品ある感じの……知らないか? 名前わかんねぇけど、めちゃくちゃ美人で、オレ一目惚れしてさ、探してるんだよ!」




「……は?」




「なーんか、落としたハンカチ拾ってくれてさ。名前も名乗らず去ってったんだけど……学園にそう何人もいないだろ? あの雰囲気!」




少年はしばらく無言だったが、やがてぽつりと呟いた。




「それ……たぶん、生徒会長のことだと思う」




「……は?」




「白銀の髪で、完璧な制服の着こなし。周りから距離を取ってて、近づきがたい雰囲気でしょ?」




「ああ! それそれ! まじか……!」




リオは両手で頭を抱えた。




「……オレ、めちゃくちゃ遠いやつに惚れちまったのか……!」




少年は黙ったままだったが、その呆れたような表情に、どこか微かな笑みが混じっていた。


だがすぐに目を伏せる。




「……僕には関係ない。どうせ、生徒会とか……上の人間には届かない世界だ」




「届くか届かねぇかじゃねぇよ。届かせるんだろ、拳で!」




「……はぁ?」




「ま、いいや。オレは行くわ! 会長のこと、もっと調べなきゃな! ありがとな、“根暗っぽい奴”!」




「……名前、ユエだよ」




「おっけー! じゃあな、ユエ!」




その日、ユエ=クレストは初めて、自分の名前を誰かに呼ばれた気がした。


不思議と、その声だけは──耳に残った。


──翌日、昼休み。


リオ=バーンレッドは食堂の窓際に肘をつきながら、ひとり唸っていた。




「……くそぉ、どうすりゃ会えるんだ、生徒会長……」




あの時の出会いがずっと頭から離れなかった。




──あの静かな気品。


──風に舞う白銀の髪。


──無言で差し出された、あの手の優雅さ。




「くぅぅ、完全に一目惚れじゃねぇか、オレ……!」




だが、ただ惚れても、生徒会長には近づけない。


権限、地位、実力、礼儀、格式……この学園では何をするにも“格”が問われる。




「どうすりゃ会長と話せるんだよ……ああ、もういっそ告白して玉砕してぇくらいだ」




リオが頭を抱えてうなだれていると──




《──ン、ンー……マイクテスト……。こちら、生徒会・広報のミアですっ♡》




突如、校内放送が鳴り響いた。




《生徒諸君へ、重大発表がありますっ!》




ざわつく学園。リオも思わず顔を上げる。




《来る三週間後、本学園主催──《第一回・精霊武闘トーナメント》の開催が決定しましたっ!》




「トーナメント……?」




《本大会は、精霊契約を果たした新入生および在学生が、その力と技を競い合う、真剣勝負の場となります!》




《優勝者には、なんと──!》




ミアの声が一段と跳ね上がる。




《生徒会直轄の“特別許可権”が与えられますっ☆!》




「……とくべつ……なに?」




《つまりっ♡! 優勝者の“願いを一つ”、生徒会が直接叶えまーすっ!》




食堂が一瞬静まり、次の瞬間、大爆発のような歓声が上がった。




「マジかよ!?」


「何頼む!? 金!? 飛び級!?」


「告白成功保証でもいけんのか!?」




リオの脳裏に、一つの光景が浮かんだ。




──生徒会長の前に立ち、「一つだけ願いを聞いてもらえる」と言われる自分。




──そして、まっすぐな眼差しでこう告げる。




「──会ってくれ。オレと、拳で話がしたいんだ!」




「……っしゃああああ!!」




リオは机を叩いて立ち上がった。




「出る! トーナメント出るぞオレ! 絶対優勝して、会長に……会う!」




周囲の生徒が驚いてリオを見るが、本人は一切気にしない。


拳を握り、炎のような瞳で天を仰ぐ。




「拳で会いに行く……それしかねぇ!」




そしてその背には、イグニスの幻影が揺らいでいた。


紅蓮の精霊は静かに、しかし確かに燃えていた。


──リオ=バーンレッドの、拳と恋の物語が、今、加速し始めた。




──その日の午後。


トーナメント参加登録所として開放された講堂前には、すでに長蛇の列ができていた。




「うっわ、マジか……」




リオ=バーンレッドは目を丸くする。見渡す限り、人、人、人。男子も女子も、皆、目をギラつかせ、口々に意気込みを語っていた。




「優勝して奨学権利取るんだ……!」


「生徒会に願い言えるってことは、実質なんでもアリだよな!?」


「ここで目立てばスカウトも夢じゃねぇ……!」




野心に燃える声があちこちで飛び交い、炎のような熱気が渦巻いている。




(……こりゃ、なかなかの戦場だな)




そう感じつつ、リオは列の後ろに並ぶ……が、そのときだった。


ズン、と空気が変わる。




「そこ、無駄話はやめろ。登録手続きが遅れるだろう」




低く、澄んだ声が講堂の階段上から響く。


列が一斉に沈黙した。誰もがその人物に注目する。


──黒を基調とした学園制服。精霊石の紋章が胸元に輝き、整った顔立ちに冷徹な光を宿す少年。




「……あれが、副会長……」




ざわめきが起きる中、リオも自然とその少年に視線を向けた。


その瞬間、視線が交差する。


副会長の瞳が、わずかに細められた。


そして、階段を下りてくるや否や、リオの前にまっすぐに歩み寄る。




「……お前が、リオ=バーンレッドか」




階段を下りてきた黒衣の少年──副会長が静かに口を開く。




「おう。で、アンタは?」




「生徒会副会長、カイル=ゼルクレイ。……精霊契約の件、確認させてもらった」




「だったら話が早い。オレはあのイグニスと拳で契約した。それがなんだってんだ」




「……無軌道な力は、制御不能の暴走と紙一重だ」




その目が細く鋭くなった。


次の瞬間、副会長が口を開いた。




「──《沈黙せよ》」




その一言が放たれた刹那、空間が震えた。


リオの喉が、びくりと動きを止める。




(っぐ……! 声が……出ねぇ!?)




全身に圧がかかるような感覚。口が開いても、音が出ない。




「これが私の精霊、《言霊の主ウィゼリア》。我が言葉は“法”となる」




カイルは静かに歩み寄る。リオに目を伏せたまま、言葉を続ける。




「……君のような衝動だけで動く者は、最も“排除”すべき対象だ」




(……なめんなよ……!)




リオの瞳がギラリと光る。


次の瞬間、拳を振り上げ、地面を叩きつけた。




「──うおおおおおおおッッ!!」




爆ぜる炎。言霊の束縛を、力ずくで焼き尽くした。




「なっ……!?」




カイルの目が見開かれる。圧力の気配が、ぐらりと揺らぐ。




「……言葉がどうだろうが、拳は止まらねぇ!! オレの“熱”は──誰にも縛れねぇんだよ!!」




立ち上がったリオは、拳を構えたまま一歩踏み出す。


その気迫に、周囲の生徒たちも言葉を失っていた。


カイルは静かに唇を噛みしめ、言霊の発動を止めた。




「……異常だな。まさか、“言霊”を力で打ち破るとは」




「異常でもなんでもいいさ。オレは、オレの道を拳で切り拓くだけだ!」




その宣言に、炎が舞うような風圧が巻き起こった。




(この男……ただの脳筋ではない。確かな“意志”がある──)




カイルの中に、僅かな焦燥と、それに似た興味が芽生える。




「……いいだろう、リオ=バーンレッド。トーナメントで、君の“熱”がどこまで届くか──見せてもらおう」




カイルは背を向け、静かに去っていく。


リオはその背を睨みながら、拳をゆっくりと解いた。




「ふぅ……やれやれ、偉そうな奴だったな。でも、アレくらい強くなきゃ──あの人には近づけねぇよな」




炎が、また一段と熱くなった。


リオが参加登録を終え、やっと一息ついたところに、鋭い視線を向けてレイナが近づいてきた。




「まったく……あんな騒ぎを起こして、周りの迷惑も考えないの?」




レイナの声には呆れが滲む。




「いや、あっちから絡んできたんだ。オレは悪くない」




リオははっきりと言い返す。




「……一体、おまえは何なのよ?」




リオの問いに、レイナは冷たい目を向けて言い放つ。




「別にあんたなんか、どうでもいい。ただ……そうやって目立ってると、巻き込まれるのは迷惑だから、気をつけなさいよ」




顔を背けて、そっけなくそう言い捨て、レイナはその場からさっと去っていった。


リオはその冷たさに、少しだけ気になりつつも、彼女の正体も知らずに立ち尽くすのだった。




数日後。


いよいよ、精霊学園トーナメントの予選当日。




晴天の下、学園の広大な演習場には既に多くの生徒たちが集まり始めていた。皆、意気込みを胸に、自らの力を証明するためにこの日を待ちわびていた。




「おっしゃ! 今日こそオレの拳でぶち抜いて──会長に一歩近づく!」




拳を軽く握りながら、リオ=バーンレッドは胸を高鳴らせ、予選会場へと足を進める。


予選会場の外れ、控えエリアに向かう途中。


リオはふと、観客席へ続く階段の影に立っている姿を見つけた。




「……あれ? お前、また会ったな!」




そこにいたのは、あの日助けた地味な少年──ユエだった。制服の袖を握りしめながら、所在なげに視線を泳がせていた。




「観戦か?」




「……うん。試合の観戦で単位もらえるって聞いたから……」




「ふぅん、せっかくなら出りゃいいのにな」




そう言うと、ユエは小さく首を横に振る。




「僕なんか……どうせ勝てないし……君みたいに、自信なんて持てないよ……」




リオはふと足を止め、彼の前に立った。そして、まっすぐな瞳で言う。




「自信ってのは、最初からあるもんじゃねぇよ。掴むんだ、自分の拳でな」




「……!」




「オレだってビビる時くらいある。でもそれをぶっ飛ばすのが、拳だ」




そう言って笑ったリオの顔に、ユエは息を呑んだ。




「じゃ、オレは行ってくるぜ。しっかり見とけよ。拳で未来、変えてやっからよ!」




リオはそう言い残し、まっすぐに予選会場へと向かっていった。


その背中を、ユウトはしばらくの間、黙って見つめていた──。


学園の演武場――広大なアリーナに八つの戦場が並ぶ。各ブロックに振り分けられた戦士たちが、今まさに火花を散らそうとしていた。


司会の少女、リリィ=グリモアが明るく響く声で告げる。




「では! 本日より、精霊武闘祭予選を開催いたしますっ☆! 各ブロック、最後まで立っていた者が本戦進出! 心して挑んでくださいね~っ♪」




ブロックはAからHまで。参加者の多くが緊張した面持ちで自分の持ち場へと進むなか、リオ=バーンレッドはAブロックの中央に堂々と立っていた。




――Aブロック




「さあ、やろうぜ……!」




リオは拳を鳴らし、構えた。


相手は武器に魔道具、精霊と多彩だったが、リオの戦い方は変わらない。


拳と、圧倒的な突破力のみ。




「イグニス! 燃やせ!」




《応ッ!》




爆ぜる炎が突風となり、突進と共に敵を吹き飛ばす。突進、反応、打撃、回避。


どんな攻撃も拳一つで迎え撃つその戦いぶりに、観客席は息を飲んだ。


そしてわずか三分──




「──終了。Aブロック勝者、リオ=バーンレッド!」




――Bブロック




「始めましょう。静かに、端正に──」




優雅な仕草で契約精霊を呼び出したシエラの周囲に、結界のような無音の波動が走る。


相手の攻撃が届く前に、その術式はすべて打ち消された。




「……ゼロに還りなさい」




彼女がそう囁くたび、魔力も精霊も霧散していく。


完全無効化──ゼロの力。


場は一切乱れることなく、彼女だけが中央に立ち、終わる。




 「……勝者、シエラ=アルフィネ」




――Eブロック




「――封ずる、『動くな』」




カイルの口元が動いた瞬間、対戦者全員の動きが止まった。


まるで全員が石像にされたかのような静寂。




「……つまらん」




瞬きの後には誰も立っていなかった。




「Eブロック勝者、カイル=レイヴン!」




――Fブロック




「……邪魔しないでくれる? さっさと終わらせたいの」




アリシアが契約したのは、鋭利な氷剣を具現化する精霊。


冷気と精密な剣技で相手を一人、また一人と排除していく。




「レベルが違うのよ。……ほんと、バカみたい」




淡々と、かつ冷酷に勝利を重ね──




「Fブロック勝者、アリシア=ブランシュ!」




そしてそれぞれのブロックで生徒会役員たちもまた無双を見せつけ、全員が当然のように本戦への切符を手にした。


熾烈を極める本戦。だが、観客の目はすでに注がれていた。


この戦場を一番熱くするであろう、拳の少年──リオ=バーンレッドに。




――バァァンッ!




眩い光とともに巨大なホログラムが競技場上空に展開され、観客席からどよめきが起こる。




「はぁ~いっ☆ 全国のリスナーのみなさま、そしてここ学園の未来を担う精鋭たちっ! 予選を勝ち抜いた勇者たちによる夢の本選――いよいよ対戦カードの発表ですっ!」




中央ステージに立つのは、例のハイテンションな司会者、リリィ=グリモア。その桃色の髪がふわりと揺れ、魔道マイクを手に、さらに煽る。




「さっそく! 注目の対戦カード、発表しちゃいまーすっ♪」




ホログラムが変化し、四つの対戦カードが映し出された。




【第1試合】リオ=バーンレッド vs カイル=ゼルクレイ




【第2試合】ミア=シェリル=フォン・ステラミューズ vs レイナ=シュトルツ




【第3試合】 レン=アルクライト vs ユアン=クローディア(モブ)




【第4試合】シエラ=アルフィネ vs リディア=クローデリア=ヴァン・エルツフェイン




「なんとぉぉ~~!? 第1試合から火花バチバチの大激突ぅぅっ!」




リリィがマイクを両手で抱きしめるように叫ぶ。




「拳で語る熱血新星、リオ=バーンレッドくん! その相手は言霊を操る冷徹な副会長、カイル=ゼルクレイさまっ!」




「これは…開幕から波乱の予感っ♡」




「第2試合は、学園アイドルにして音の精霊を使うミアちゃん vs 氷の精霊と共に戦う才色兼備の優等生、レイナさん!」




「第3試合は、冷静沈着な書記・レンくんが登場! 相手は……うーん、えっと……誰だっけ? ま、モブくん(ユアン)にもチャンスはあるかも!?」




「そして第4試合っ! 高貴なる生徒会長シエラ=アルフィネ様と、錬金の名家のお嬢様、リディア=クローデリア=ヴァン・エルツフェイン嬢の超気品バトルっ!!」




「うわあああ~~っ! これはヤバいっ! 明日はどの試合も絶対に見逃せないっ♪」




興奮冷めやらぬまま、会場はざわめきに包まれ、いよいよ本選に向けた闘志が選手たちの瞳に宿る――。



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