「……えっ? そうなんですか? それなら……よかったです。久しぶりに会えて」
千紗は微笑みながらそう口にしたものの、内心はぐらついていた。
だが、事前に両親には連絡を入れてある。彼らは私の味方をしてくれる――
そう自分に言い聞かせ、なんとか心を落ち着けようとした。
何しろ、感情的な意味でも、両親の愛情は自分に注がれ、鈴羽は捨てられたような存在。
だからこそ、千紗は確信していた。
両親は、自分の側につくはずだと。
刹夜の前に現れた両親に対し、千紗は努めて冷静なふりをした。
「……お父さん、お母さん。
刹夜さまにはもう全部知られちゃってるの。だったら、もう真実を話して……!
最初に刹夜さまが選んだのは私で、探していた相手も私だって!
なのに鈴羽が、図々しく私になりすまして……私の人生を、奪うようなことをして……!
私を田舎で働くように騙して……私は丸一年苦労したんだから……!
なのにあの子はその間、若頭様の奥さんとして、贅沢三昧の毎日を送っていたのよ!?
それだけじゃない、お父さんもお母さんもあの子を庇って……そんなの、私に対してあんまりじゃないっ……!」
言い終えた千紗の目元は、しっかりと涙で赤くなっていた。
その姿は、演技だとわかっていても拍手したくなるほど完璧だった。
両親は視線を交わし、短い沈黙のあと、長女である千紗をかばう道を選んだ。
――何しろ、鈴羽にはほとんど愛情がなかったのだ。
「九条様…千紗の言う通りでございます…!
私どもの不注意でこのような誤解を…どうか、どうかお許しを……!」
保身に走る月島家の両親は、刹夜に責任を問われるのを恐れ、そろって土下座して詫びを入れた。
だが刹夜はただ淡々と問うた。
「双子だったこと、よく隠し通したな。俺の部下ですら見抜けなかった。……どうやってやった?」
父は目を泳がせ、隣の妻を一瞥してから答えた。
「……実は、娘たちが生まれた時、妹の方は身体が弱く……まだ小さなうちに、田舎の祖母のもとへ預けたんです。その頃は…長くは生きられないだろうと思っておりまして…」
なぜだろう。
その話を聞いたとき、刹夜の胸がほんの一瞬、痛むような感情が湧いた。
小さな頃から親から引き離されて、ずっと田舎で――
それでも、鈴羽はいつも静かで、優しくて、どこか強かった……あれで、よくここまで。
「で? その鈴羽がどうやって姉の身代わりになって結婚相手を騙せたんだ?」
刹夜が鋭く切り込む。
この話は危うい。
話せば話すほど、嘘の継ぎ目が剥がれていく。
父と母は言葉に詰まり、視線を千紗へ投げた。
千紗はすぐに口を開く。
「一年前、刹夜さまが私を探していた時、ニュースにもなって、知っている人も多かったんです。田舎にいた鈴羽もそれを知って、悪だくみをしたんです。
あの子はまず私に連絡してきて、“いい仕事あるよ” って甘い言葉で私を騙して――田舎に行かせた。
その隙に、自分が都に来て、結婚式の直前に両親を脅したんです。『言うことを聞かなければ、皆殺される』って。 だから両親も怖くて、仕方なく……。
私はバカだったんです…!まさか、その時刹夜さまが探しているのが私だなんて、思いもしませんでした…。
私みたいな普通の女を、刹夜さまみたいな人物に目を留めてくださるなんて…。
だから私はそのあとも普通に働いてたんです…」
「…ふん、そうか?」
刹夜は千紗をじっと見つめ、目に一片の感情も浮かべなかった。
「――それなら、なぜお前は今になって戻ってきた?」
「そ、それは……」
口ごもった千紗は、一瞬言葉に詰まったものの、
それでも、嘘を続けるしかない。
「……最近、私が働いてたお店でニュースを見たんです。
刹夜さまが妻に何千万もするブレスレットを贈ったって。
ブレスレットの美しさに見惚れながら、ふと映った奥様の横顔を見た瞬間――すぐに気づいたんです。――あれは、鈴羽だって。
でも、あの子……私に何も言わなかったの。結婚したことも、あなたのことも、一言も……!
さすがにおかしいと思って、両親に連絡しました。
そしたら、両親ももう隠しきれなくなって……すべてを教えてくれたんです。
そのときの私の気持ち、想像できますか?
……許せなかった。
自分の姉を平気で嵌めて、両親を脅して、さらには……
夫である刹夜さままで騙すなんて…!」
千紗はわざと最後の言葉を強めて、刹夜の怒りを煽ろうとした。
「真実を知った私は、すぐに戻ってきたんです。
信じられないなら、刹夜さま、調べてみてください!
私は本当に田舎で働いていました。私が勤務していたモールに行けば、同僚たちが証人になります。
鈴羽があんなことをしたのは、ただ贅沢な生活を送りたかったから、それだけなんです。
そのせいで私は一年間も働き詰め……本当に苦しくて、死んだほうがましだと思いました……ううっ…」
駆け落ちして働いていた一年間がどれほど大変だったか、千紗はその思い出をそのまま演技に乗せて、悲しげに泣き崩れた。
月島家の両親は真実を知っていたが、黙るしかなかった。
なにせ、黒道の若様を騙していたという事実は変わらない。
口を滑らせた瞬間、その場で命を取られてもおかしくはない。
「刹夜さま、だいたいの事情はこんな感じです。鈴羽に聞いても、あの子はまた嘘をついて、あなたを騙そうとするだけでしょう。
ですが、私たちの両親は、嘘をつくわけありません…!
どうか私を信じてください……。
それに!よく考えてみてください――
一年前、天星橋で傘をさして通りかかったあの女性、それ、私です!
鈴羽はずっと田舎で育っていて、ほとんど都会には来たことがない。天星橋に現れるはずがないの。
その反面、あの時、私の家は天星橋のすぐ近くだった」
自分の話を裏づけるように、彼女は再度、目の前で一年前の出来事を「再現」してみせた。
――そしてその再現が、刹夜の中に残る記憶の輪郭にぴたりと一致した。
しかも、鈴羽が彼に嫁いだ時も、月島千紗の身分と名前を使っていたのだ。
つまり月島家は、外部には娘が一人しかいないと偽っていたことになる。
もう一人の娘、「月島鈴羽」という存在そのものが、最初から“無かったこと”にされていた。
「……もういい。話が済んだなら、帰れ」
刹夜はうんざりしたように言い、月島家の両親を追い返した。
その去り際――
千紗は両親が余計なことを言わないよう、低い声で釘を刺した。
「これが真実なんだから、それ以外のことは絶対に言わないで。川崎のことも、おばあちゃんのことも。
九条家ってのは、甘くないの。下手すれば……みんな死ぬわよ。
それに、鈴羽にももう会わないで。どうせあの子……長くは生きられない」
千紗は心からそう信じていた。
いずれ刹夜が、鈴羽を殺すと。
そうなれば――
自分とまったく同じ顔を持つ存在は、この世界から消える。
彼女にとって、「姉妹の絆」など微塵もなかった。
妹? 冗談じゃない。
小さいころに数回しか会ったことがないのに、何の情があるというのか。
「わかってる…。あなたも気をつけなさい」
母親は小声でそう忠告した。
「余計なお世話よ。言われなくても分かってる。
いい? 刹夜さまの前に二度と顔を出さないでよ。何か蒸し返されたら、全部終わりなんだから」
苛立ちを隠さず、千紗は両親を乱暴に押しやった。
その様子を見届けた黒岩平吾が、静かに言った。
「若頭様、月島家の件、腑に落ちない点が多すぎます。彼らの供述、穴だらけでございます。引き続き、我々に調べさせ、徹底的に彼らの話を突き合わせましょうか?」
黒岩にはわかっていた。
刹夜は、まだ月島家の話を鵜呑みにはしていないと――。