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第47話 そういう趣味


「ですが……」


鈴羽が何かを言おうとした瞬間、


プツッ――


電話は一方的に切れてしまった。


……まあ、いい。この仕事が必要なのだ。

多少無茶な要求でも、断るわけにはいかない。


「蛍ちゃん、お持ち帰りにして、おうちで食べようか。食べ終わったら、ちょっとお昼寝しててね。お姉ちゃん、お仕事呼ばれちゃった」


鈴羽は優しく小豆蛍の頭を撫でた。


「うん……気をつけてね!」


──それから三十分後。

鈴羽は別荘の門の前に立っていた。


「フィエルさん……流河さまが私に何のご用ですか?」

「さあ。本人に聞けば?地下室にいらっしゃるわよ」

「……地下室?私、入っていいんでしょうか?」


鈴羽は一瞬戸惑った。


「坊ちゃまが呼んだんでしょ。入っていいわよ」


フィエルはあからさまに不機嫌そうで、

もともと鈴羽のことをよく思っていないのは明白だった。


……この別荘の人たちは、みんな何か変なところがある。


フィエルだけじゃない。


運転手も、庭師も、メイドも、料理人も、みんなまるで台詞だけを繰り返すNPCのように無機質だった。



鈴羽は制服に着替え、作業しやすいように髪をひとつに結ぶ。


――化粧もしていないが、二十歳そこそこの年齢というだけで、若さは隠しきれない。


整った顔立ちに、化粧や加工のいらない天然の美しさ。

この整形だらけの時代において、それは一種の特権だった。



鈴羽は制服を整え、地下室の前でおそるおそる扉をノックした。

しばらく沈黙の後、低い声が返ってきた。


「入って」


鈴羽が扉を開けて中に入ると――

目を見張った。


……え、こんなに人が?!

フィエルは何も言っていなかったのに。


地下室には大きなソファがあり、五、六人の男たちがくつろいでいた。


そして床には、露出度の高い衣装を着た女の子たちが、音楽に合わせてセクシーなダンスを踊っていた。

うさぎ耳にきわどい衣装……性的な意図を強く感じる格好だ。


だが――

富裕層の若者の世界では、これも“日常”なのだろう。


ただ、これまで流河から受けていた印象は漫画に出てくるような純粋な少年だったから、まったく想像していなかった。


「おいおい流河、また新しい介護係か!? 前のより断然顔イイじゃん……!

なぁ、もう“やった”のか?」


隣に座る赤髪の男が、下品に笑った。

流河は何も言わなかった。ただ鈴羽を見ながら命じる。


「昼飯用意して。急ぎで、うまいやつ」

「かしこまりました。ご希望のメニューは?」

「餃子。他は任せる。でも急いで、腹減ってんだ」

「……かしこまりました」

「さっさと行け。あまり時間かけるなよ」


流河は手を振って、鈴羽を追い払うように言った。

──その瞬間、鈴羽はふっと肩の力を抜いた。


なんだ、ただの昼食準備か。それなら、問題ない。


別荘には豊富な食材が揃っている。

鈴羽はすぐにキッチンに入り、黙々と手を動かし始めた。


呼び出された理由が「自分の料理を食べたかった」なら、それはそれで、少し嬉しい気もした。


彼女はてきぱきと動き、あっという間に料理が完成した。

焼き餃子、寿司、とんこつラーメン、天ぷら、塩焼きカルビ。


さらにフォアグラのソテーにブルーベリーソース、スペイン風ローストチキン、マンゴーケーキまで。


客の人数を見て足りないかもと思い、うな重も何人分か追加で作った。

その後、彼女は別荘の他のメイドと共に、料理を運び込んだ。


そして――


「鈴羽、残れ」


配膳が終わり、鈴羽が帰ろうとしたところで流河に呼び止められた。


「他に何かご用でしょうか、流河さま?」

「プロジェクターつけて、映画を選んでくれ」

「かしこまりました。アニメ映画でいいんですか?」


思わず素直に聞いてしまう。

その瞬間、爆笑が巻き起こった。


「ははははっ、なんてぇ?」

「アニメ映画だってよ!流河、こいつマジか」

「本当に可愛いこと言うね。天然かな?」

「いっそドラ◯もんでも観よっか――」


鈴羽は状況がよく分からず、戸惑う。

流河を見ると、彼は口元に微かに笑みを浮かべていた。


「そうそう、うちの介護係はおバカちゃんなんだよ」


「えっと……では流河さま、何をおかけしましょうか……?」


鈴羽は少し困って聞く。


「お姉さん、『ミス・アリアの悦楽ナイト』って映画、かけてくれよ」


赤髪の男が下品に笑いながら言った――


テーブルを囲んだ男女たちは、がやがやと料理を食べ始めた。

……誰も、鈴羽の存在など気にも留めていない。


鈴羽は言われた通り、プロジェクターで映画を検索し、指定されたタイトルを真面目に探して再生した。


──が、

誰一人として、これはR指定のアダルト映画だなんて教えてくれなかった。


冒頭から、男と女が草むらで服も着ずに激しく交わっている。

しかも音声もかなり大きく、効果音すら生々しい。


鈴羽は顔が一瞬で真っ赤になった。

耳の先まで焼けるように熱い。視線の置き場に困った。


けれど、他の人々はまったく気にする様子もなく、むしろ楽しげに画面を見つめていた。


ある女の子が「ねえ、このアリアって女優さあ、顔はそこまでじゃなくない?スタイルはまあまあだけど……男って何がいいの?」と評していた。


「そりゃあ、あの淫乱っぷりがたまんねーんだろ、ハハハハ!」


男たちは下品に笑い、下世話な感想を交わす。



流河はひと言も発さず、ただ無言で映像を見ている。

だが、その様子から察するに……彼にとってはこれが日常らしい。


「おいおい流河、あんたの介護、顔真っ赤になってんだぞ」

「マジかよ、なにそれ。めっちゃ可愛いじゃん」

「まさかアダルト映画、見たことないんじゃね?」

「もしかして、まだ処女だったりして~?」


誰かが鈴羽の赤くなった顔に気づき、からかい始める。

その瞬間、全員の視線が鈴羽に集まった。


「なに突っ立ってんだ。俺たちにストリップでも披露してくれるつもりか?」


流河が皮肉っぽく言う。


「わ、私……」



「とっとと出ていけ」


不機嫌そうに言われ、鈴羽は顔を伏せたまま、映像も流河も直視できずに部屋を出た。

心の中は、ぐちゃぐちゃだった。


足早に廊下を抜け、ひとまず物陰で一息つく。

だがその時――


「――きゃああああっ!!」


地下室から女の悲鳴が響いた。

鈴羽はハッと息を呑み、すぐそばにいたフィエルに駆け寄った。


「フィエルさん!今悲鳴聞こえませんでしたか!?通報したほうがいいのでは……?」


だが、フィエルは呆れたように鈴羽を見下ろし、冷たく言い放った。


「それはあなたが口出しすることじゃない。余計な心配しないこと」


ちょうどその時、フィエルのスマホが鳴る。

通話を終えた彼女は、どこか複雑な目で鈴羽を見つめ――


「坊ちゃまがあなたを呼んでいるわ」

「……え?わ、私……行きたくないです……」


鈴羽は何かがおかしいと感じ始めていた。

フィエルは明らかに何かを知っている様子だったが、何も教えてくれない。


しかもあの悲鳴……


もしかして、この人たちはそういうことを楽しむ変態で、

縛ったり、ロウを垂らしたり、全員で……。


考えれば考えるほど、恐ろしくなっていく。


「……ここで働き続けたいなら、行きなさい」


そう言い残して、フィエルは去っていった。

鈴羽は心の中で葛藤しながらも、結局従うことにした。


震える手で地下室のドアを開けた瞬間――

心臓が張り裂けそうになり、思わず目をぎゅっと閉じてしまった。

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