炎がパチパチとはぜ、空を茜色に染め上げる。
小雪は思わず笑いをこらえきれなかった。死んだ、真希はついに死んだ。
これで拓海は私だけのものだ!
「真希……」拓海はよろめきながら真希を探そうとする。
「お兄様、お姉さまはもういないの。現実を受け入れて!」
いや、そんなはずはない。
あんなに生き生きと、彼に怒り、駄々をこね、「拓海、愛してる」と叫んでいた真希が。
ついさっきまで彼と口論していたのに、なぜ突然消えてしまったんだ?
拓海は現実を受け入れられなかった。真希を探し出そうとする。
小雪はもう止めなかった。
掘ればいい。真希の惨めな死に様も見てみたかった。
身の程知らずにも彼女の男を奪おうとした、これが真希の末路だ。
これからはお兄様も江藤家の富も全て私のもの。
彼女がほくそ笑んでいる時、使用人が叫んだ。
「真希様!」
渦巻く炎の向こうで、目と目が合った。
真希だった。
小雪の表情が凍りつく。生きていたのか!?
拓海は既に真希に向かって走っていた。
真希の姿を見た瞬間、失ったものを取り戻せたという安堵が彼の中に湧き上がった。
彼は真希を掴み、鋭く詰め寄る。
「無事ならなぜ隠れていた!みんなお前を心配していたんだぞ!」
心配?そんなの見えたものか。
私が見たのは、彼が江藤小雪を抱きしめ、生き延びたことを祝い、炎の中に取り残された私を誰も気にかけていない光景だった。
私が、崩れ落ちる寸前の家の軋む音を聞き、窓を破って飛び降りたのだ。
私は肩を掴む拓海の手を振りほどいた。
口元を歪めて冷笑した。
「私の生死が、あなたに関係ある?」
「お前は俺の妻だ」
彼にそんな自覚があったのか?
私を傷つけた時、なぜ妻だと思わなかった?
何度も私を見捨てた時、なぜ妻だと思わなかった?
彼の妻という立場は、あまりにも軽い……
「もうすぐ、そうじゃなくなるわ」
「何だって?」
「今日の日付は?」
拓海は訝しげに答えた。「9月25日だ」
私は9月21日に大使館で移民手続きをした。
問題がなければ、手続きは9月28日に完了する。
偶然にも9月28日は、私と拓海の結婚記念日だった。
あと三日……
「拓海、離婚しましょう」
始まったのと同じ日に終わる。
これもこれでいいことだろう。
拓海は信じられない様子だった。
真希は彼を愛していた。誰もが知っているほどに。
彼女は生涯彼しか愛さないと言った。
彼のために鋭さを隠し、華やかな服を脱ぎ、料理を作った。
離婚?
彼女を真っ先に助けなかった腹いせだろう。
でも彼女は無事じゃないか。
「お前……」
言いかけた時、背後で叫び声がした。
「ご主人様!小雪様が気絶されました!」
小雪が倒れた。
拓海は慌てふためき、何度呼びかけても小雪は反応せず、鼻の下に流れる鮮血に肝を冷やした。
彼は躊躇なく、自分の腕に巻いていた数珠を外し、小雪に巻きつけた。
その数珠は護国寺の住職が祈祷したもので、彼が仏肌身離さず、入浴時以外は決して外したことがなかった。
かつて真希が触れた時、彼は半年近くも真希の前から姿を消し、一言も口をきかず、一瞥すくれなかった。
記憶が渦巻き、胸が締めつけられるように痛んだ。
拓海はアクセルを床まで踏み込み、病院へ全速力で向かった。
「小雪、大丈夫だ。きっと無事だ」
彼は救急室の前まで付き添って走った。
30分後、検査結果が出た。
不幸にも、小雪は急性白血病だった。
これは悪因悪果と言うべきか?
ここ数日で聞いた最も良い知らせだった。
「患者さんには骨髄移植が必要ですが、当院には適合するドナーがいません」
「俺が見つける!」拓海は震える手で電話をかけ、指示を出した。
私は静かに見つめた。かつて私の心の中で神のように清らかだったこの男が、他の女のために冷静さを失う姿を。
心に刻まれた彼の痕跡を、少しずつ消していく。
すぐに連絡が入った。
私は隣で、拓海の眉間の深い皺をはっきりと見た。
「誰だ」
すると彼は私を見た。その目には信じられないという色が浮かんでいた。
まさか、江藤小雪と適合したのが私だなんて。
不穏な予感がし、私は一歩ずつ後ずさった。
だが彼に捕まえられた。
「真希、すぐ終わる。注射するだけだよ」
彼は優しく、どこか甘やかすような口調で。
「大丈夫だから」
彼を見つめ、私は極寒の地に立っているような気分だった。
彼が私を愛していない事実を受け入れた。彼が小雪を好きなことも。彼が小雪のために私を傷つけたことも。
でも六年間も傍にいたのに。犬だって少しは情が湧くだろう!
彼は私を骨までしゃぶらないと満足しないのか?
私は首を振った。
「小雪なんて助けない。諦めて」
「真希、あれは俺の妹だ」彼は宥めるように言った。「ずっと本当の夫婦になりたがってただろう?小雪が良くなったら、本当の夫婦になろう。一緒に暮らそう、いいか?」
ついに涙が決壊した。堤防が壊れた洪水のように流れ落ちた。
この数日間の傷も、この一言には敵わなかった。
彼は私をよく知っていた。私が何を欲しがってるかを。私の愛を盾に、一瞬で致命傷を負わせ、生き地獄に陥れた。
もういい。ここまでだ……
「拓海、江藤小雪を助けたりしない。諦めて。そして、もうあなたもいらない」
彼を振りほどいて外に出ようとした時、突然首筋に激痛が走った。
拓海の一撃は正確かつ冷酷だった。
反応する間もなく、私はぐったりと崩れ落ちた。
視界の最後に映ったのは、医師に向かって「やれ。」と命じる彼の姿だった。
窓の外に夕陽が沈む。
また一日が終わった……
腰のあたりが鈍く痺れ、痛み、まるで鈍い刃で肉を削られるようで、鈍った思考を容赦なく切り刻んでいく。
頭から離れないのは、彼のあの冷徹な「やれ」という一言だった。
私は病衣を脱ぎ、こっそり病院を抜け出そうとした。
小雪の病室の前を通ると、低い話し声が聞こえた。
「お兄様、お姉さまに迷惑を、怒るよね」
「大丈夫だ。お前が元気ならそれで十分だ」
私は嘲笑を浮かべ、静かに立ち去った。
江藤家の別荘は焼失し、私の物も全て灰となって消えた。
私は戻らず、弁護士事務所に行き、離婚協議書を作成させ、サインすると、28日に拓海に郵送するよう依頼した。
あと二日。