目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報

第9話

炎がパチパチとはぜ、空を茜色に染め上げる。

小雪は思わず笑いをこらえきれなかった。死んだ、真希はついに死んだ。

これで拓海は私だけのものだ!


「真希……」拓海はよろめきながら真希を探そうとする。

「お兄様、お姉さまはもういないの。現実を受け入れて!」


いや、そんなはずはない。

あんなに生き生きと、彼に怒り、駄々をこね、「拓海、愛してる」と叫んでいた真希が。

ついさっきまで彼と口論していたのに、なぜ突然消えてしまったんだ?


拓海は現実を受け入れられなかった。真希を探し出そうとする。


小雪はもう止めなかった。

掘ればいい。真希の惨めな死に様も見てみたかった。

身の程知らずにも彼女の男を奪おうとした、これが真希の末路だ。


これからはお兄様も江藤家の富も全て私のもの。

彼女がほくそ笑んでいる時、使用人が叫んだ。


「真希様!」

渦巻く炎の向こうで、目と目が合った。

真希だった。


小雪の表情が凍りつく。生きていたのか!?

拓海は既に真希に向かって走っていた。

真希の姿を見た瞬間、失ったものを取り戻せたという安堵が彼の中に湧き上がった。


彼は真希を掴み、鋭く詰め寄る。


「無事ならなぜ隠れていた!みんなお前を心配していたんだぞ!」

心配?そんなの見えたものか。


私が見たのは、彼が江藤小雪を抱きしめ、生き延びたことを祝い、炎の中に取り残された私を誰も気にかけていない光景だった。


私が、崩れ落ちる寸前の家の軋む音を聞き、窓を破って飛び降りたのだ。

私は肩を掴む拓海の手を振りほどいた。


口元を歪めて冷笑した。

「私の生死が、あなたに関係ある?」

「お前は俺の妻だ」


彼にそんな自覚があったのか?

私を傷つけた時、なぜ妻だと思わなかった?

何度も私を見捨てた時、なぜ妻だと思わなかった?

彼の妻という立場は、あまりにも軽い……


「もうすぐ、そうじゃなくなるわ」

「何だって?」

「今日の日付は?」


拓海は訝しげに答えた。「9月25日だ」


私は9月21日に大使館で移民手続きをした。

問題がなければ、手続きは9月28日に完了する。

偶然にも9月28日は、私と拓海の結婚記念日だった。


あと三日……

「拓海、離婚しましょう」


始まったのと同じ日に終わる。

これもこれでいいことだろう。


拓海は信じられない様子だった。

真希は彼を愛していた。誰もが知っているほどに。

彼女は生涯彼しか愛さないと言った。

彼のために鋭さを隠し、華やかな服を脱ぎ、料理を作った。


離婚?

彼女を真っ先に助けなかった腹いせだろう。

でも彼女は無事じゃないか。


「お前……」

言いかけた時、背後で叫び声がした。

「ご主人様!小雪様が気絶されました!」


小雪が倒れた。

拓海は慌てふためき、何度呼びかけても小雪は反応せず、鼻の下に流れる鮮血に肝を冷やした。


彼は躊躇なく、自分の腕に巻いていた数珠を外し、小雪に巻きつけた。

その数珠は護国寺の住職が祈祷したもので、彼が仏肌身離さず、入浴時以外は決して外したことがなかった。


かつて真希が触れた時、彼は半年近くも真希の前から姿を消し、一言も口をきかず、一瞥すくれなかった。


記憶が渦巻き、胸が締めつけられるように痛んだ。

拓海はアクセルを床まで踏み込み、病院へ全速力で向かった。


「小雪、大丈夫だ。きっと無事だ」

彼は救急室の前まで付き添って走った。


30分後、検査結果が出た。

不幸にも、小雪は急性白血病だった。


これは悪因悪果と言うべきか?

ここ数日で聞いた最も良い知らせだった。


「患者さんには骨髄移植が必要ですが、当院には適合するドナーがいません」

「俺が見つける!」拓海は震える手で電話をかけ、指示を出した。


私は静かに見つめた。かつて私の心の中で神のように清らかだったこの男が、他の女のために冷静さを失う姿を。

心に刻まれた彼の痕跡を、少しずつ消していく。


すぐに連絡が入った。


私は隣で、拓海の眉間の深い皺をはっきりと見た。

「誰だ」


すると彼は私を見た。その目には信じられないという色が浮かんでいた。

まさか、江藤小雪と適合したのが私だなんて。


不穏な予感がし、私は一歩ずつ後ずさった。

だが彼に捕まえられた。


「真希、すぐ終わる。注射するだけだよ」

彼は優しく、どこか甘やかすような口調で。

「大丈夫だから」


彼を見つめ、私は極寒の地に立っているような気分だった。


彼が私を愛していない事実を受け入れた。彼が小雪を好きなことも。彼が小雪のために私を傷つけたことも。


でも六年間も傍にいたのに。犬だって少しは情が湧くだろう!

彼は私を骨までしゃぶらないと満足しないのか?

私は首を振った。

「小雪なんて助けない。諦めて」


「真希、あれは俺の妹だ」彼は宥めるように言った。「ずっと本当の夫婦になりたがってただろう?小雪が良くなったら、本当の夫婦になろう。一緒に暮らそう、いいか?」


ついに涙が決壊した。堤防が壊れた洪水のように流れ落ちた。

この数日間の傷も、この一言には敵わなかった。


彼は私をよく知っていた。私が何を欲しがってるかを。私の愛を盾に、一瞬で致命傷を負わせ、生き地獄に陥れた。


もういい。ここまでだ……


「拓海、江藤小雪を助けたりしない。諦めて。そして、もうあなたもいらない」

彼を振りほどいて外に出ようとした時、突然首筋に激痛が走った。

拓海の一撃は正確かつ冷酷だった。

反応する間もなく、私はぐったりと崩れ落ちた。


視界の最後に映ったのは、医師に向かって「やれ。」と命じる彼の姿だった。

窓の外に夕陽が沈む。


また一日が終わった……

腰のあたりが鈍く痺れ、痛み、まるで鈍い刃で肉を削られるようで、鈍った思考を容赦なく切り刻んでいく。


頭から離れないのは、彼のあの冷徹な「やれ」という一言だった。


私は病衣を脱ぎ、こっそり病院を抜け出そうとした。

小雪の病室の前を通ると、低い話し声が聞こえた。


「お兄様、お姉さまに迷惑を、怒るよね」

「大丈夫だ。お前が元気ならそれで十分だ」


私は嘲笑を浮かべ、静かに立ち去った。

江藤家の別荘は焼失し、私の物も全て灰となって消えた。


私は戻らず、弁護士事務所に行き、離婚協議書を作成させ、サインすると、28日に拓海に郵送するよう依頼した。

あと二日。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?