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第14話

拓海が来た。

チンピラたちが外で確認すると、彼は確かに一人で来ていた。

漆黒の服に身を包み、濃い闇夜に溶け込む。

頭上ではペンダントライトが不気味に揺れている。


彼は両手を挙げて降伏の姿勢を示しながら、包囲網へ一歩一歩踏み込んでいく。


「俺と兄弟たちを半殺しにした癖に、よくも来たな。どうやらお前、本当にこいつらを大事にしてるらしいな」


棍棒が突きつけられても、拓海は微動だにしない。

「二人を放せ。恨みがあるなら俺にぶつけろ」


「ああ?ぶつけてやるよ!」

背後から飛び出したチンピラが金属バットを振りかぶり、拓海の膝裏に容赦なく叩き込んだ。


鈍い音と共に拓海は片膝をつき、額に冷や汗を浮かべた。


他のチンピラも狂ったように拓海への暴行を始める。

地面にうずくまる拓海は、一切声をあげなかった。


「硬いやつだな。」

リーダーのような男が制止し、真希と小雪の元へ歩み寄る。


私はこっそり手を止めた。


拓海が現れた瞬間から、自力で脱出しなければと悟っていた。

奴らの隙を見て隅のガラス破片を拾い、縄を切断しようとしていたのだ。

あと少しだったのに。


金髪が真希と小雪の髪を掴み上げる。

意識を取り戻した小雪が状況を理解すると、声をあげた。


「お兄様!助けて!」

必死に顔を上げた拓海の目に、小雪の恐怖と私の平静が交互に映った。


「何をするつもりだ」

金髪の手下二人が注射器を取り出し、真希たちの首筋へ向けた。

「最新型のドラッグさ。一滴で依存症になる量だ。こいつらを確実に壊してやる」

金髪が陶酔したように息を吸い込んだ。

「さあ選べ。二人のうち、お前にとって一番大事な奴はどいつだ?」


私は首元の注射器を睨む。

これが刺されれば、死よりも残酷な運命が待っている。

身体も魂も完全に破壊されるのだ。


犠牲になりたくはなかったが、拓海が絶対に私を選ばないこともわかっていた。

奴らが話している隙に、こっそり縄切りを再開する。

自分で自分を救うしかないのだ。


しかし今回、拓海は沈黙した。

これまで何度も小雪を選んできた彼が、ためらっていた。


脳裏を駆け巡るのは、私の言葉だった。

どれほど冷たく接し、どれほど傷つけてきたか。


血だらけで泣きじゃくる私の姿が──

小雪は拓海が私を見つめていることに気づき、恐怖に震えた。


「お兄様!私を捨てないで!」必死に叫ぶ。

ドラッグを打たれたくないのだ。


激昂するあまり、鼻血が口の中に流れ込んだ。

鉄の味が広がると、彼女はある武器を思い出す。

「お兄様…私の病気がまた…」


拓海に選択肢はなかった。

彼が江藤小雪を指さした。やはりだ。

金髪が手を振ると、小雪は拓海の元へ押しやられる。


解放された小雪は拓海の腕を引く。

「お兄様、早く逃げよう!」


拓海は小雪を出口の方へ押した。

「先に行け」


その場にしゃがみ込み、足首から小型拳銃を取り出して金髪を狙い撃つ。

「あの女を放せ!」


金髪は真希を盾にし、注射針を首に突きつけた。

「どうどう、撃ってみろよ。二人まとめてぶっ殺せ」


手首の縄が緩んだのに気づき、私は静かに抜け出した。

両者がにらみ合う隙を見て、猛然と飛び上がり、頭頂で金髪の顎を直撃した。彼は舌を噛み切りそうになりながら悶絶する。

私はその隙に跳ねるように逃げ出した。


「捕まえろ!」金髪が唇を噛み破って流れる血を拭い、怒号をあげる。

拓海が駆け寄り、銃を撃ってチンピラを撃退する。

私はその隙に足の縄を解こうとした。


脇から飛び出したチンピラのバットが拓海の手首を直撃する。

銃が床に落ち、蹴り飛ばされた。


拓海は素手で戦うしかなかった。

彼の腕前は確かだったが、傷を負っている上に多数の敵を相手に、すぐに劣勢に立たされた。


足の縄が完全に解けていない私はよろめくように逃げたが、すぐに金髪に押さえつけられた。

「小娘が…一本注射するつもりだったのに、逃げるなんて?じゃあ二本まとめてやるわ!」迫る注射針に、私は両手で必死に抵抗した。


拓海はそれを見ていた。何度か包囲を突破しようとしたが阻まれる。

その時、彼は床に落ちた銀色の拳銃と、それを拾った小雪の姿を視界にとらえた。


「小雪!アイツを撃て!」拓海は金髪を指さして叫んだ。

小雪は銃を握りしめ、金髪を見つめる。


血塗れの笑みを浮かべた金髪が言う。

「お前には撃てないよな?」

小雪の全身が震え、銃口がゆっくりと拓海の方へ向く。

「小雪!アイツを撃て!俺のことは気にするな!」


金髪が哄笑した。

「アイツは撃てないさ。何せ俺たちは──」

ドン!


一発が金髪の肩を貫いた。

「てめえ…俺を撃つなんざ!

」喉を詰まらせて金髪が叫ぶ。


小雪は震える手を必死に抑え、再び引き金を引いた。

金髪に真実を喋らせてはいけない。

自分がレイプされておらず、真希を陥れるためにでっち上げた芝居だと兄に知られてはならない。


カチャ、カチャ。

何度引き金を引いても、弾は出てこない。

小雪は極限の恐怖で目を剥き、気絶した。


「小雪!」拓海は目の前のチンピラを蹴り飛ばし、小雪に駆け寄って抱き上げた。

背後には出口。少し離れた場所には、無様な姿の真希。


彼女はただ、静かに彼を見つめていた。

拓海は歯を食いしばり、罪悪感を必死に押し殺した。

「必ず助けに戻る。待っててくれ」


私は口元を緩めた。

「拓海、今日が何の日か覚えてる?」


拓海の体が微かに震えた。

ほら、覚えていない。そうれも当然か。

ただ一人、私だけが守り続けていたのだ。


拓海。十八の真希はあなたに一目惚れし、二十一の真希はあなたに狂った。

二十四の私は、もうあなたいらない。


私の笑顔は静かで淡々としていたが、拓海にはそこに諦めと解放感が浮かんでいるように見えた。

心に刺さった束の間の痛みを無視し、彼は小雪を強く抱きしめた。

「待ってて」

そう言うと、後ろも振り返らず小雪を抱いて出口へ駆け出した。


拓海。今日は九月二十八日。私たちの結婚記念日よ。

三年前の今日、私はあなたの妻になった。三年後の今日、永遠に別れましょう。


どんなに抵抗し、戦っても、結局針が血管に突き刺さる運命からは逃れられなかった。


心臓が締めつけられるように痛む。

意識が遠のく中、扉が蹴破られる音と男の焦りの声が遠ざかっていくのが聞こえた。



拓海はベッドの傍らで、充血した目をこすりながら隠しきれない苦痛をたたえていた。

小雪を仲間に託すと、すぐに真希を救いに向かった。

現場に飛び込んだ瞬間目にしたのは、地面に押さえつけられ首に注射針を突きつけられた真希の姿だった。


遅かった。真希にはドラッグが注入されていた。

人生で初めて、絶望というものを味わった。


何日も真希のそばにいて、彼女が痙攣して絶叫し、何度も死の淵をさまようのを目の当たりにした。


彼は真希の手を握りしめる。

「目を覚ましてくれ。頼む、どんな罰でも受けるから」


高慢な彼は、ついに真希のために頭を垂れた。


「お兄様」

小雪が病室の入り口に立っていた。病衣姿だ。

「何日も休んでないよ。少し休んで」


拓海は首を振った。

「お姉さまが起きたら、兄様がこんなみっともない姿を見せるのは嫌だろう。せめて顔を洗ってきて」


ようやく拓海は説得され、一時的に部屋を離れた。

戻ってきたとき、病室にいたのはまだ昏睡する小雪だけだった。

真希の姿はなかった──



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