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第38話

佳穂は拓海を睨みつけ、歯を食いしばりながら言った。

「あなたが全部脱いで拓海の前に立ったとしても、彼は興味を示さなかった…」


真希は一瞬、体が固まった。なぜなら、それは事実だったからだ。


結婚してからというもの、拓海は一度も一緒に寝てくれなかった。

同じ部屋で眠ることさえなく、家に帰るとすぐに書斎にこもり、真希に全く関心を示さなかった。


ある夜、真希は我慢できず、何も身につけずに彼の前でバスローブを脱いだ。

だが、拓海はまるで何も見ていないかのように無反応だった。


こんなプライベートな話を、小雪はどうして知っているのだろう……。


真希は鋭い視線で拓海を見つめた。

今度は拓海が目を逸らした。

やはり彼だ、こんなことまで小雪に話していたなんて!


「本当に頭にきてるのよ」と佳穂は続けた。

「言い争いになったとき、つい熱くなっちゃって。そしたら彼女、青嵐のことまで持ち出してきて、私たち二人とも男に相手にされない女だって――」


「拓海は真希を愛してないし、青嵐は私を選ばなかった。彼は自分より五、六歳も年上の女の人の方を選んだのよ。私のことなんて遊びだったって。」


佳穂の目には、急に冷たい光が宿った。

「一番許せないのは、青嵐を奪ったあの女を小雪が青嵐に紹介したってこと!」


話しながら、佳穂はもう泣き崩れそうだった。


青嵐は彼女の初恋であり、初めての男で、今でも忘れられない人だった。

全身全霊で愛した人に裏切られた後、佳穂は彼に深く憎しみを抱いた。


そして、青嵐を奪った女を、もっと憎んだ。


今日、その女を青嵐に紹介したのが小雪だと知って、佳穂が小雪を憎まずにいられるはずがない。


彼女を階段から突き落としたのは、憎しみの衝動であり、復讐のためだった。


真希は佳穂を抱きしめ、彼女に力を与えようとした。


しかし、その瞬間、真希自身はまるでシベリアの荒野に放り出されたような、全身が冷えきった感覚に襲われていた。


真希は拓海の隣で閉ざされた部屋の扉を見つめた。


中にいるのは小雪なのだろう。

まさか、彼女が戻ってきただけでなく、また自分から騒ぎを起こすとは――。


真希は佳穂の背中を優しく叩きながら慰めた。

「大丈夫よ。この仕返しは私が必ずしてあげる。」


そう言って佳穂から離れ、病室に向かって歩き出した。


「待て。」

拓海が真希の腕を掴む。

「彼女は今、休んでいる。」


その「彼女」とは小雪のことだ。

小雪が休んでいようと、真希には関係ない!


「放して。」

小雪にあんな暴言を吐かれ、佳穂まで傷つけられて、簡単に許せるはずもない。


だが、拓海は手を離さなかった。


真希は腕を振りほどけなかったが、まだ足がある。


思い切って足で病室のドアを蹴り開けた。


「小雪、出てきなさい!」


小雪はベッドに横たわり、片足を高く吊るされていた。

ああ、足を折ったのか。随分と甘い罰だわ。


人を挑発するくせに、結局は拓海に尻拭いさせているだけじゃない!


「もうやめろ!」

拓海が強引に真希を部屋の外に押し出す。


真希の背中は壁にぶつかり、内臓まで痛むほどだった。視界が暗くなり、よろめきそうになる。


だが、佳穂がすぐに支えてくれた。


「真希……」


佳穂が心配そうに呼ぶ。


真希は首を振って、めまいを振り切った。


「大丈夫。」


病室の中を見やると、小雪が意地悪そうにこちらを見ていた。


小雪は拓海の手を握りしめ、甘えるように言った。

「お兄ちゃん、私のために復讐してくれるよね?」


拓海は静かにうなずく。

「君を傷つけた者は、誰であろうと俺は許さない。」


その視線がこちらに向けられた瞬間、真希は佳穂を自分の後ろに庇った。


かつて、拓海が小雪をどう守ってきたか、真希は目の当たりにしている。


昔、小雪のことを悪く言ったお嬢様がいて、取引先から契約を切られるなどの大騒動になった。その家族は江藤家に謝罪に来て、娘は三日三晩、江藤家で土下座をさせられた。

拓海が手を引くまで、誰も助けられなかった。


たった一言でここまで徹底的にやるのだから、佳穂がどんな目に遭うか想像できる。


「拓海、小雪が先に挑発してきたのよ。佳穂は悪くない!」


「どいて。」


真希は譲らなかった。

「彼女は私にとってたった一人の友達。あなたに傷つけさせない。」


拓海の表情は変わらない。

「君の友達が江藤家の人間に手を出した以上、責任は取ってもらう。小雪はもともと江藤の血筋じゃないし、ずっと怯えて生きてきた。彼女の唯一の支えは俺なんだ。だから俺は、彼女のために正義を貫く。」


これが本当に彼の目に映る小雪なのか?

小さくて怯えている、そんな彼女なんてどこにもいないのに。

でも確かに、拓海は小雪の味方だ。

いつだって、小雪の後ろに立っている。

たとえその相手が、自分の妻であっても。


拓海の低い声が、真希を圧倒した。


拓海が顎を少し上げると、護衛たちが佳穂を無理やり連れ出そうとする。


真希は止めようとしたが、拓海に両手を掴まれ、身動きが取れなかった。


「佳穂、心配しないで。私が必ず助けるから!」


佳穂は首を振り、優しく微笑んだ。

「私は大丈夫。真希こそ、自分を守って。」


真希は、佳穂が連れて行かれるのをなす術もなく見送るしかなかった。


「彼女をどこへ連れて行くの?」


「警察だ。法律に従って罰を受けてもらう。」


真希は苦笑した。

「それなら、私にも公平にしてくれるの?」


「何だって?」

拓海の顔からは、昨日見せた優しさは消えていた。

きっと、小雪に誤解されたくないのだろう。


胸が苦しかったが、真希は思い切って口を開いた。

「拓海、どうして私と結婚したの? 私が知らないとでも思ってるの?」


真希は病室の小雪を指さした。

「あなたが彼女を守りたかったからでしょう。江藤家は、小雪を金儲けのために障害のある家長に嫁がせようとした。その時、あなたは自分の結婚を犠牲にして小雪に留学の道を作った。私を選んだのは、私があなたを好きだったからでも、あなたが私を気に入ったからでもない。黒澤家が十分強くて、江藤家に利益をもたらせるから。小雪が政略結婚できない分を、私で埋め合わせたんでしょう!」


「私は最初から、小雪を守るための駒にすぎなかった。今まで、あなたに文句も言わず、静かに受け入れてきた。あなたのために力を貸したこともある。その私の頼みだから、どうか、佳穂だけは見逃して。」


拓海が真希にプロポーズした日、真希は舞い上がっていたけれど、兄は冷静だった。

拓海の態度が急に変わったことを不審に思った兄は、調べさせた。


実際、調べてみると――

江藤家は、名門の旧家を乗っ取ろうとしていた。

だが、その家は後ろ盾もあり、強硬策では江藤家も大きな損失を被ることになる。

それで、政略結婚で徐々に蚕食する戦略に切り替えた。

その家の家長は障害があり、中年で妻に先立たれ、性格も不安定だった。


小雪はそれを知って逃げ出そうとしたが、見つかり、江藤家に軟禁された。

そんな小雪を助けたのが拓海だった。彼は書斎の前で一昼夜ひざまずき、自分の結婚を差し出すことで、小雪に海外留学の道を作った。


その事実を知ったとき、真希も辛かった。

家族から「やめておきなさい」と何度も諭されたのだった。

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