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第45話

真希が姿を消して十五日目、ついに拓海の元に真希の情報が届いた。

彼女は第一病院に現れたらしい。

病院?何かあったのか、体調でも崩したのか?

拓海はすべての仕事を投げ出し、急いで第一病院へ車を走らせた。


晩秋の風が冷たさを増している。真希は長いコートを羽織り、病院の前に立つ。

車が急ブレーキで停まり、拓海が車のドアを開けて大股で彼女のもとへ駆け寄る。

真希は口元に微笑みを浮かべた。

待っていた人が、ついに来た。


「真希!」

彼女はひんやりとした香りのする腕の中に飛び込んだ。

拓海はシャツ姿のまま駆けつけ、その鋭い目は真希の青白い顔を映し出している。

唇を噛みしめ、声を震わせて言った。


「どこに行ってたんだ?この間、どこで何をしてた?」


真希は軽く笑いながら尋ねた。


「それ、関係ないでしょう。拓海。」

鋭く言い返され、拓海の顔色が少し険しくなる。

それでも彼は彼女の肩を離さず、さらに詰め寄った。


「教えてくれ、あの日何があったんだ?」


真希の目が赤くなりかける。

「気にしてるの?」

その瞳から深い哀しみがあふれ出す。

「本当に私に何があったか、気にしてくれるの?」


「もちろんだ。」

彼の視線は真剣そのものだった。


「じゃあもし、あの日、小雪が私を殺そうとしたって言ったら、信じる?」


長い沈黙のあと、拓海は口を開いた。


「それは……何かの誤解じゃないか……」


誤解、誤解――やっぱりこの人は小雪を疑わないんだ。

「あなたが誤解だと言えば、それでいいんでしょう。」


真希はもう彼と無駄な会話を続ける気もなかった。


何年も前から、拓海は小雪だけを信じ、彼女をかばい続けてきた。

それが当たり前になってしまった。

この習慣を壊すのは簡単ではない。

一歩ずつ進むしかないのだ。


真希はひとりで歩き出した。

拓海も彼女のあとをぴったりと追いかける。

彼女が車に乗り込むと、拓海も助手席に滑り込んだ。


真希は苛立ちを隠さず言った。


「なぜまだ私に関わろうとするの?私が死ねば、あなたたちの思い通りじゃない?」


拓海は黙り込み、突然彼女の手をつかんだ。

「真希、俺が悪かった。」


――聞き間違い?

拓海が謝るなんて?


「俺が悪かった。君を傷つけるべきじゃなかった。」

拓海は気づいていた。目の前の真希は、もう以前の真希ではないことを。

彼女が現実を受け止めた今、ふたりの関係は元に戻ることはない。

真希はすぐに自分から離れてしまう。そんなの嫌だ、真希を失いたくない。


あの日、小雪に「真希とちゃんとやり直したい」と告げたのは、本心だった。

真希がいなくなった間、拓海は苦しみ、悩み、もし本当にこの世から真希が消えたら自分はどうなるのか、と何度も考えた。

その時、やっと自分の本当の気持ちに向き合ったのだ。


知らず知らずのうちに、彼女を好きになっていた。


「もう一度、最初からやり直せないか?」


真希は動きを止め、震える声で言った。

「自分が何を言ってるか、分かってるの?」

「はっきり分かってる。真希、君の勝ちだ。俺は君を好きになってしまった。」


真希は彼を見つめ、やがて涙が頬を伝った。

「皮肉ね拓海。私が離れる時に、好きだなんて言われても……じゃあ、今まで私が受けた傷はどうなるの?全部なかったことにされるの?私はあなたに傷つけられて当然、小雪にいじめられて当然だったの?」


拓海は息を詰まらせる。


慌てて彼女の涙をぬぐおうとした。

「全部俺が悪い。君が望むなら、どんな罰でも受ける。」


「そう……じゃあ――」

真希は彼の手を振り払い、涙を拭い、病院の入口を見つめた。


「昔、ここであなたのボディガードに押さえつけられて、百回も平手打ちされたの。今度はあなたがあそこで立って、自分を百回叩いてみてよ。」

拓海は真希をじっと見つめ、しばらくしてからうなずいた。


「わかった。」


彼は車のドアを開けて病院の入口に向かった。

あまりにも目立つ男が突然入口に立ち止まり、人々の視線を集める。

次の瞬間、彼は自分の頬を思いっきり平手打ちした。


辺りにいた人々はみな驚いている。

「ごめんなさい。」

と言いながら、もう一度自分を叩く。

一回叩くごとに「ごめんなさい」。


車の窓越しに、二人の視線がぶつかる。

真希には分かった。拓海は本気で自分を責めている。

だけど、壊れた鏡は、どれだけ同じものを買い直しても、もとの鏡には戻らない。


彼が五十回目に近づいた時、真希は自分の太ももを強くつねって、涙をこぼした。

そして車のドアを開け、ふらつきながら拓海へ駆け寄った。


「もうやめて、お願い、やめて!」


拓海は真希を抱きしめた。頬は真っ赤に腫れている。

「まだ四十九回だ。あと五十一回残ってる。ちゃんと全部終わらせてから許してくれ。」

真希は彼の手をつかみ、必死に首を振った。


「もういい。許す、許すから。」


拓海は真希をしっかりと抱きしめた。

「本当?」


真希はうなずき、彼の胸に顔を埋めて冷たい視線を隠した。



拓海と一緒に家へ戻る。

真希はこの庭を見渡し、記憶をたどった。ここに戻ったのは二度目の記憶が混乱した時。数日間、夫婦のふりをして過ごした場所だ。

確かに、拓海が自分に感情を持つようになったことは感じていた。でも、それはもう遅い。


彼が小雪と一緒にやったこと――小雪が全ての元凶であり、拓海もその手先だった。決して許さない。

二人とも、必ず破滅させてみせる。


拓海が案内したのは、以前と同じ主寝室だった。

「疲れてない?少し休む?」と彼は真希の前にしゃがみこんだ。

真希は首を振る。

「大丈夫。顔を冷やしてあげる。」


心配そうな顔でそっと彼の頬に触れようとするが、拓海の方から手を彼女の手にすり寄せてきた。まるで従順な子犬のように。


「ゆっくり休んでて。俺が自分でやるよ。」

拓海は足取り軽く部屋を出て行った。


真希は心配そうな表情を消し、無表情に戻ると、スマホを取り出し、小雪だけが見られるポストを投稿した。

――すべて、ここから始まる。

小雪、期待を裏切らないでよ……


ホテルを出た小雪はそのポストを見て、怒りで震えた。

見覚えのある背景――拓海の家だ。

以前、拓海になぜこの家を買ったのかを尋ねたことがあった。

彼は「君の成人のお祝いに、大人になったら渡す」と答えた。

けれど、小雪は成人直後に海外に送られ、その話も流れてしまった。


帰国してからは真希との戦いに夢中で、この家のことはすっかり忘れていた。

まさか今になって、拓海が真希を住まわせているとは――。

あの日、拓海は本気だったのだ。真希とやり直すつもりなのか!


小雪は怒りに任せてハンドルを叩きつけた。

そして、我を失ったまま車を走らせ、屋敷へと向かった。

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