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第50話

どうりで、真希が毎回あんなに素直に薬を飲むわけだ――薬をすり替えていたのか。

それほど、この子を気にかけているのか?

それとも、真希自身も、この子が本当に自分の子なのか、あの連中の子なのか分からないのか――。


「妊娠してどれくらいで、羊水検査ができるんだ?」

執事は驚いた顔で拓海を見つめた。


真希が妊娠したという噂は、すでに屋敷中に広まっている。

今の真希は、みんなにとって大切な存在で、誰もが彼女を大事にしている。

なのに、なぜ拓海は羊水検査を求めるのか。まさか、自分の子ではないと疑っているのか――

恐ろしい話だ。


医者もまた、顔を強張らせていた。

「奥様の今の体調では、妊娠自体がかなり無理な状態です。羊水検査なんてしたら、流産する危険が高いです」

「聞いてるんだ、いつになったらできる」

医者は説得できないと悟り、正直に答えた。

「あと二ヶ月経てば、可能です」

「今は無理か?」

本気なのか――

今やれば、子供を諦めることになるのではないか。


それもそうだ、今の奥様の体調を考えれば、子供を諦める方が賢明だろう。

そう考えると、拓海はやはり奥様のことを一番に考えているのかもしれない。

ならば、彼に従うしかない。

「できます」


拓海は決断した。結婚式が終わったら、真希に羊水検査を受けさせる。

もし子供が自分の子なら、母子ともに守り抜く。

もし違うなら、この子は消えてもらうしかない――。


ようやく静かになった屋敷に、再び不穏な空気が流れ始める。

江藤家がまた動き出し、周防駆の動向も怪しい。山口相良も、何かを企んでいるらしい。そして、市崎家のあの閻魔も戻ってきた――。


だが、今回拓海が探していた人物は、すぐに見つかった。


深夜。

屋敷の地下三階。

そこは完全に密閉された空間で、隠し扉が施されている。

拓海と執事、そして常駐の警備員しかこの場所を知らない。

拓海はラフな部屋着のまま、護衛に囲まれて階段を降りていく。

警備員たちは深々と頭を下げた。

「旦那様、中におります」

拓海はうなずいた。


二人の警備員が重い鉄の扉を開けると、薄暗い部屋の中央、黒い鉄椅子に一人の男が座っていた。

髪はボサボサで先が黄色く、頭を垂れ、全身血まみれ。とくに五本の指は皮膚が剥がれ、白い骨がむき出しになっている。

護衛が木の椅子を運び、拓海の後ろに置いた。拓海が静かに腰を下ろす。

男はゆっくり顔を上げる。その顔は傷だらけで、あの時の金髪男だった。


最近の彼は、調子よく毎日食って寝て、五つ星ホテルに美女を侍らせての生活。

今日も暇を持て余し、小雪の忠告を無視して外に出たところ、いきなり口を塞がれ、気絶させられ、目覚めたらここで地獄のような拷問を受けていた。


拓海は暗がりの中、片肘をつきながら数珠を弄っている。

金髪男はその数珠を見ると、血だらけの口元でニヤリと笑った。

「江藤さん、また会えましたね……」

拓海はゆっくりと目を上げた。

「しぶといな」


以前、金髪男が真希と小雪を拉致したとき、救出に向かった拓海は、間一髪で真希が薬を打たれるところだったのを目撃し、激怒。金髪男たちを捕らえ、毎日拷問して殺し、山奥に捨てさせた。

もし真希を探すために総力を挙げていなければ、奴がまだ生きていて、しかも戻ってきていることに気づかなかっただろう。


「江藤さんが俺を捕まえたのは、真希さんのことですか?」

案の定、拓海の目に鋭い光が走ると、金髪男はますますふてぶてしく笑った。


先日、小雪から「真希が妊娠した。」と聞かされていた。

真希が「自分は襲われなかった」と本当のことを誰にも言っていない、と悟る。

もちろん金髪男も、小雪に自分が仕事をやっていないことなど言うはずもない。

さらに、捕まってすぐに血を抜かれたことも思い出す。

――まさか、江藤も真希の子が自分の子かもしれないと疑っているのか?

面白い、これは面白い展開だ。

真希もまた興味深い女だ。

なら、この芝居、付き合ってやろう。


「江藤さん、俺がなぜ捕まったのか分かってます。真実を教えてもいいですが、条件があります」

拓海は死人を見るような眼差しで彼を見つめた。

金髪男はひるまず言う。

「俺を解放してほしい」

拓海は肘掛けを軽く叩き、しばらく考え込むそぶりを見せて、うなずいた。


「いいだろう」


金髪男はほっとした表情を浮かべる。

二人の護衛が彼の縄を解く。

金髪男は痛みに耐えながら、足を引きずり外へ向かった。

ようやく地上の光を浴び、深く息を吸い込んだ彼は、振り返って拓海に言った。

「人気のあるところまで送ってくれ。無事に着いたら、教えてやる」

拓海は軽く顎をしゃくり、護衛たちに男を町の中心部まで送り届けさせた。


一時間ほどして、拓海のもとに金髪男から電話がかかってくる。

「江藤さん、教えてやるよ。真希のお腹の子は、たしかに俺のだ。あの日、三回もやったからな。あの肌の白さ、たまらなかったぜ。あいつ、俺に夢中で金までくれて、俺の子まで産もうとしてるんだぜ!」


拓海の頬が引きつり、握った携帯がきしむほど力が入る。金髪男の言葉につれて、頭の中で真希があの男に汚される光景が何度も浮かび上がる。


「殺せ」


突然、四人が前後左右から金髪男を取り囲む。

金髪男は怒鳴る。

「お前卑怯だぞ!」


だが、拓海はすぐに命令を変えた。

「もう一度、連れてこい」


金髪男はわずかな自由を味わっただけで、また捕まり、今度はさらに苛烈な拷問を受けることになった。

その後、拓海は彼の前に姿を見せることはなかった。


拓海は仏前に正座し、何度もお経を唱えるが、心の怒りは収まらない。


その夜、真希と食事をしたあと、また書斎に入ろうとしたところ、真希が彼を呼び止めた。


「最近、どうしたの?」

拓海は、真希を見るたび、あの忌まわしい光景が頭をよぎり、気が狂いそうになる。

彼は急に振り返り、考えるのをやめようとした。


「結婚式の準備や会社のことで、しばらく忙しい。君は妊娠してるんだから、早く休んで、俺のことは気にしなくていい」

真希は疑いの目を向ける。

「最近、様子が変だよ。結婚式のせいでプレッシャーになってるなら、無理しなくても……」

「違うよ」


拓海は彼女を抱きしめた。

「君を迎えたい。何があっても、必ず君を妻にする」


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