彼は真希と一緒に部屋へ戻り、彼女が眠りにつくのを待ってから、静かに地下三階へと向かった。
金髪男は、もはや息も絶え絶えだった。
拓海は静かに扉を閉め、外にはボディガードたちが待機している。
やがて、部屋の中から金髪男の断末魔の叫びが響き渡った。
「拓海、このクズ野郎、お前は結局俺の子供を育てる運命なんだぞ、はは、あああ!」
その声もやがてか細くなっていった。
三十分後、拓海は何事もなかったかのような落ち着いた表情で禁室を後にし、地下三階を出ていった。
ボディガードたちが中に入ると、思わず息を呑んだ。金髪男は床に倒れ、血まみれで、下半身は見るも無残な状態だった。まるで肉塊のように叩き潰されたのだろう。
拓海が去った後、真希が廊下の角から静かに現れた。
閉まりかけた秘密の通路を見つめ、ふと天井の監視カメラを見上げた。
そして、何事もなかったかのように主寝室へ戻っていった。
その夜も、拓海は書斎で過ごした。手には携帯電話。画面には三年前、太陽の下で満開の笑顔を見せる真希が映し出されている。
彼の手はせわしなく動き、低く押し殺したような吐息が漏れる。
「真希……」
金髪男の姿が見えなくなってから、すでに二日が経っていた頃、小雪はそのことに気付いた。
不安に包まれ、金髪男が逃げていればまだいいが、もし捕まってしまい、しかも拓海に捕まったとなれば……恐ろしい結末しか想像できなかった。
拓海の家には入れず、彼に探りを入れることもできず、焦りだけが募っていく。
そんな時、携帯に一枚の写真が届いた。
送り主は真希だった。
そこには、血だらけの金髪男が写っていた。
「小雪、次はあなたの番よ。あなたがやったこと、全部お兄さんに伝えるから。」
小雪は手から携帯を落とし、よろめいて床に崩れ落ちた。
金髪男が、本当に拓海の手に落ちてしまったのだ。
どうしよう。もしも拓海が、自分が金髪男たちに乱暴されたのは嘘で、実際は金髪男と共謀して真希を陥れ、誘拐し、果ては金髪男に真希を殺させようとしたことまで知ったら、きっと許してもらえない。
どうしよう、どうしたらいい?
頭が混乱する中、真希からさらにメッセージが届いた。
「ねえ、拓海ならあなたにどうすると思う?」
ダメ、そんなのイヤ!
「真希さん、ごめんなさい、本当に私が悪かったの。許してくれませんか?」
「私が最低だった、ひどいことをした。お願いだから、この男を私に引き渡してくれない?彼を連れてすぐにでもここを去るから、もう二度とあなたの前に現れない。お願い、真希さん。」
「お兄さんが知ったら、きっと私は終わりよ。もし私に何かしたら、母も黙っていない。江藤家だって大騒ぎになる。あなたはお兄さんのことが大好きなんでしょ?彼を困らせたくないでしょ?」
しばらく返事がなかった。
小雪は焦りながら、自分に残された切り札を必死に考えた。
やがて、真希から返信が来た。
「いいわ、でも必ず約束を守って。」
「絶対に守る!」
小雪はようやく安堵の息をついた。やはり真希の弱点はお兄さんだ。拓海のことを持ち出せば、彼女も逆らえない。
三日目の夜。
ボディガードが報告に来た。
「金髪男がいなくなりました。」
拓海は空っぽの禁室に立ち尽くし、険しい表情を浮かべていた。
執事がノートパソコンを持ってきた。
「旦那様、監視カメラの映像がすべて揃いました。」
映像は三つ。最初は拓海が禁室を出た日、真希が廊下の角から来て、閉まる秘密の扉と天井のカメラを見上げる場面。
二つ目はその翌日、真希が一人で禁室の扉を開けて中へ入る様子。
三つ目は今日の午後、拓海が会社にいる時間帯の映像だった。
画面には、部屋着姿の真希が禁室の扉を開け、中に消えていく様子が映っていた。
そこで映像は途切れていた——
拓海の周囲には、冷たい空気が漂っていた。
まさか、真希が寝たふりをして自分の後を追い、しかも金髪男に二度も会いに行くとは思ってもいなかった。
「彼女が下に降りたとき、なぜ報告しなかった?」
ボディガードは驚いて答えた。
「真希さんが、旦那様には伝えてあるとおっしゃったので……」
「罰を受けてこい。」
「はい!」
ボディガードはすぐに退出した。
「映像の後半は?」拓海は執事に尋ねる。
執事は答えた。
「その後、なぜかカメラが急にブラックアウトしてしまいまして……すぐに復旧作業を進めております。」
「どれくらいかかる?」
「最速でも一日かかります。」
だが、拓海にはもうその余裕がなかった。
最近次々と起こる出来事に、長年培った落ち着きも崩れていく。
映像の中の真希の姿を見つめながら、彼女は金髪男に何をしに行ったのか、何を話したのか、頭の中は疑念で渦巻いていた。
まさか、金髪男の言った通り、彼女が金を渡してまで彼を囲い、子供まで産むつもりなのか——
抑えきれない感情のまま、拓海は寝室へと飛び込んだ。
真希はベッドの端に座り、彼が来るのを待っていたようだった。
「来てくれたのね。」
彼女のやつれた姿を目にし、拓海は湧き上がる怒りを抑え込んで、彼女の前に立ち、じっと見つめ合った。
「彼を逃がしたのは、君なのか?」
真希は静かに彼を見つめ返した。
「彼が、あなたに何を言ったの?」
問いには答えず、逆に問い返す。
拓海の視線が、徐々に真希のお腹へと落ちていく。
真希は突然声をあげて笑い出した。だんだんと大きくなっていくその笑い声。
「わかったわ。彼が言ったのね、この子は彼の子だって。」
拓海は黙ったままだった。
真希の目には涙がにじみ、彼女は立ち上がって拓海に詰め寄る。
「もし、そうだとしたら?あなたはどうするの?」
震える唇、ひとつひとつの視線が無言の問いかけとなる。
拓海は彼女の手を握りしめ、しぼり出すように言った。
「子供は……また今度、二人で作ろう。」
それは、子供を諦めろということだった。
どうせこの子は守れない、どうせこの子の運命は決まっていると、分かっていたはずなのに。
けれど、その言葉が拓海の口から出た瞬間、真希の胸は張り裂けそうになった。
もしお腹の子が聞こえていたなら、きっと悲しんでいるだろう。
真希は唇をかみしめ、声を上げれば泣き出しそうで、必死に耐えた。
拓海は彼女を抱きしめた。泣かせたくない、傷つけたくないはずなのに——
しかし、ここだけは譲れなかった。金髪男を逃がしたことも、他のことも許せるが、この子だけは絶対に認められない。
真希は涙を拭い、深く息をついた。
「わかった。結婚式が終わったら、この子は諦める。」
拓海は少し安堵したが、心は重いままだった。
結婚式まで、あと五日。
街はふたりの世紀の結婚式に向けて、華やいでいた。
一方、小雪の苛立ちは増していた。彼女は拓海に真希のお腹の子が彼の子ではないことを告げたはずなのに、なぜ彼は真希と結婚しようとするのか。
悶々とする小雪の元へ、担当医が重い表情でやってきた。
その顔に小雪は不安を覚えた。
「私の病気、悪化したんですか?」
医師は首を振った。
「白血病ではありません。むしろ……妊娠しています。」
小雪の目が大きく見開かれた。妊娠……?
「いつからですか?」
「二十日前です。」
二十日前——あの日、金髪男に会った日だ。
まさか、金髪男の子供ができてしまうなんて。
いや——
ふと、小雪の中にひとつの考えが浮かんだ。
「これは金髪男の子じゃない……これは、拓海の子よ——」