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第55話

会場がざわめきに包まれた。


もしこの言葉が真希の口から出たのなら、誰も信じなかっただろう。

しかし、これを口にしたのは小雪であり、しかも拓海も否定しなかった。

それはすなわち、事実だ。


皆が知っている通り、小雪は江藤家の義理の娘だ。拓海はこの妹を遠ざけるどころか、むしろ特別に可愛がっていた。


これまで、彼らはただ単に拓海が器の大きい人間だと思っていたし、小雪は運がよく、思いやりのある拓海に出会えたのだろうと感じていた。


だが、もし最初から拓海が小雪に特別な感情を抱いていたとしたら……。そう考えると、彼が小雪を特別扱いしてきたことも、彼女のために起こした行動も、すべて“愛”という名のもとに説明がつくのではないか……。


「真希さん、本当にかわいそう……。こんなに長い間、騙されていたなんて。」


誰かが小声で呟いた。


周囲も次々と頷き、共感を示す。

彼らの真希を見る目には、深い同情が宿っていた。


かつて、拓海と真希の結婚が発表されたとき、ついに真希が苦労の末に幸せを掴んだのだと思っていた。


まさか、彼女が拓海と小雪の関係を隠すための駒に過ぎなかったとは……。


あまりにも残酷だった。


真希の顔は真っ青だったが、心の中では高らかに笑っていた。


——拓海、人前であなたと小雪の偽りの姿を暴くのは、これが第一歩よ。


「そうだったのね、小雪のお腹の子はあなたの子供だったのね、拓海。私はこんなにもあなたを愛していたのに。彼女と一緒になりたいなら、私に言ってくれればよかったのに。どうして、どうして私を騙したの?」


「違うんだ、真希、聞いてくれ!」


拓海に説明なんてさせるはずがない。


「わかったわ、拓海。これはきっと私への罰なのね?」


「私を平手打ちして、土下座させて、乱暴しかけて、挙げ句の果てには拉致してドラッグまで……それでもまだ、怒りは収まらなかったの?

私が小雪から“あなたの妻”という立場を奪ったのがそんなに憎いの? だから私を、みんなの笑い者にしたかったんでしょう!」


立て続けに三つの問い。そのどれもが、より強い絶望を帯びていた。


「違う、違うんだ。今回は復讐なんかじゃない。真希、今までのことは俺が悪かった。でも今回は、本気なんだ!」


その言葉は、真希にとっても、拓海にとっても、痛みだった。


会場の招待客たちは次々と暴露される真実に、ざわめきながらも耳を澄ませた。


拓海と親しい者たちが、慌てて真希を止めようとした。


「きっと誤解だ!」


「そうだよ、拓海は君のためにこんな盛大な式を用意したんだ。君のことを大切に思ってるに違いない!」


彼らは壇上に駆け上がり、マイクを取り上げようとした。


その時、屈強な警備員たちが現れ、会場を囲んだ。


——周防駆の部下だった。


「周防、何をするつもりだ!」


誰かが叫ぶ。


駆は気怠そうに答える。


「別に。ただ、いい見世物だと思ってね。」


彼のそばに立つ大柄な警備員。駆には誰も逆らえず、その場に座り込むしかなかった。


他の招待客も、四大家族の一つ、周防家の跡取りである駆の権勢には及ばなかった。


駆の横暴さは今に始まったことではないが、誰も止めることができなかった。


この時になって、招待客たちはようやく気付いた。会場にいる中で一番年長でも五十歳前後。真に力を持つ年配の重鎮たちは、誰一人として姿を見せていない!


さらには、江藤家の当主である拓海の父や義母も来ていなかった!


まるで、これは単なる結婚式ではなく、何か別の目的の集まりのようだった。


拓海もまた、駆とその仲間の会話を聞いていた。


気付けば、真希は外にいるようで、彼らの会話が全員に聞こえるようにしていた。


これ以上、真希に喋らせてはいけない——


「真希、頼むから控室で待っていてくれないか?」


真希は気に留めることなく続けた。

「拓海、一つだけ聞きたいことがあるの。」


「真希!」

拓海は声を荒げる。


「本当は、あなたにサプライズを用意していたの。でも、もう言いたくなくなった……」


「なに?」

突然の言葉に、拓海の心は不安で満たされた。


「拓海、もう疲れたわ。これで終わりにしましょう。」


そして、拓海の心を引き裂く一言が続いた。


「皆さん、せっかくお越しいただいたのに申し訳ありません。いただいた贈り物やご祝儀はすべてお返しします。私、真希は今この場で、拓海との関係をきっぱりと断ち切ります。

ここにいる皆さんが、その証人です。」


だめだ、そんなの……!


骨まで染み渡る痛みが、体中を駆け巡る。


拓海はよろめき、目の前が真っ暗になった。


その時、電話の向こうから誰かの叫び声が聞こえた。


「血が、真希さんが血を流してる!」


ようやく、皆が気付いた。真希のドレスの裾が、鮮やかな赤に染まっていた。


本来なら幸せに輝いているはずの新婦の顔は、化粧でも隠しきれないほど蒼白で、今にも倒れそうだった。


マイクが手から滑り落ち、床にぶつかり、不快な音を響かせる。


真希の目尻には涙が一粒。お腹を押さえ苦しそうに身をかがめた。

「子供……私の子供……」


電話越しにも、真希の痛む声が拓海の胸を締め付けた。


「真希!」


凍えるような寒さが、足元から頭まで一気に駆け上る。


「真希……」

拓海はかすかに呼びかけたが、もう真希の返事はなかった。


真希の体が後ろに倒れ、佳穂が駆け寄ろうとしたが、肝心なところでハイヒールが邪魔をした。


二歩踏み出したところで、ヒールが芝生に引っかかり、転んでしまった。


佳穂は恐怖のあまり、真希がそのまま倒れるのを見つめて叫んだ。


「だめ!」


風のような影が、信じられない速さで目の前を駆け抜けた。


真希は背中に衝撃を感じ、誰かの腕に倒れ込んだ。痛みで意識が遠のきそうな中、生きたいという本能で、その人物の手を掴んだ。


「痛い……」


その人はしっかりと真希を抱きしめていた。誰か確かめたかったが、ぼんやりとした輪郭しか見えず、どこか懐かしい気がした。


「真希、真希……」

佳穂はヒールを脱ぎ、裸足で壇上に駆け上がり、真希のそばに膝をついた。


「大丈夫、もう救急車を呼んだから。すぐ来る、絶対に大丈夫だから!」


下腹部の激痛とともに、温かいものが脚を伝って流れる。小さな命の消失を感じ、涙が堰を切ったようにあふれ出す。


それでも真希は、必死に佳穂の手を握り、笑おうとした。


この純白の結婚式は、彼女のための祝福ではなく、別れの旅路を送るための色だったのだ——


ごめんね、佳穂。あなたを騙して。


もう、病院には間に合わない。


真希は深く息を吸い込み、両脚の間からはなおも鮮血が流れ続けた。まるで体中の血がすべて抜けていくようだった。


もう、生きられない……


拓海に復讐すると決めたあの日、誰にも告げずに病院で羊水検査を受けた。


そのとき医師から、もう体が限界だ、すぐに入院しなければいつ命を落としてもおかしくない、と告げられた。


それでも、彼女は最終的に入院を拒んだのだった。

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