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第59話

部屋の中は、しばらく静けさに包まれていた。やがて、酒瓶がぶつかる音が響き、ドアがわずかに開いた。


拓海は無精髭を生やし、目には一切の光がない。


ドアはほんの少しだけ開けられ、拓海が手を差し出す。秘書が書類の入った封筒を渡すと、ドアはすぐに再び閉められた。


今度は、ドアの前に立つのが執事と秘書になった。


拓海はベッドの縁にもたれ、床一面に転がる酒瓶、その上には小雪の罪を示す証拠が散らばっている。


彼は片手で目元を覆い、口元は次第に不気味な笑みへと変わっていく。


突然、目を見開くと、その瞳には怒りと憎しみが燃えていた。


「小雪……」


秘書と執事は、両側に立ち、ドアのそばで様子をうかがう。


長年可愛がってきた妹が、実は救いようのない悪人だったと知り、社長の胸中はどれほど辛いだろうと、誰もが思っていた。


しかし、秘書の予想に反し、午後二時、ドアが勢いよく開いた。


拓海は黒のシャツに黒のパンツを身につけ、いつも手首に下げている数珠も、今やその仏性すら感じさせない。


髭を剃り、シャワーを浴びたばかりのように、体からは湯気が立っていた。


「彼女はどこだ?」


冷え切った声に、執事と秘書は思わず身を縮めた。


「ご名義のマンションにいます。」

秘書は唇を噛みしめながら答える。

「それに、彼女は一人ではありません……」


拓海は鼻で笑い、すぐに歩き出そうとするが、執事が慌てて声をかける。


「旦那様、先日消えた監視映像が復旧しました。これはあの日、奥様が地下の部屋に行った時のものです。ぜひご覧いただきたいと思いまして。」


執事は、拓海が出て行く前に、この映像を見せるべきだと感じていた。


そう言いながら、既にノートパソコンを用意し、映像を再生して拓海の目の前に差し出した。


真希の名前が出ると、拓海は鈍っていた視線をパソコン画面に向ける。


画面には、真希が地下三階へと降りていき、しばらくして一人で戻ってくる姿が映し出されていた。


久しく見せなかった優しさが、拓海の目に浮かぶ。

指で画面の小さな姿をそっとなぞりながら、心の中で呟く――真希、君がいなくなって、たった数日なのに、もう何年も恋しく思っているみたいだ……


やがて、映像から真希の姿が消え、別の人物が現れる。


それを見て、拓海の眉間が深く寄る。


小雪――


彼女は地下三階に入ると、すぐに血まみれの男を支えて出てきた。


この映像を初めて見た時、執事は大層驚いた。


どうして小雪があの金髪男と繋がっているのか、二人はまるで親しい間柄のように見えた。


だが、拓海はまるで驚いた様子はなかった。


「映像を送ってくれ。」


そう言い残し、長い脚で躊躇いもなく歩き出していった。


***


小雪はベッドに寝転び、足を組んで金髪男の膝にもたれている。


スマホには、佐々木春香と木村凛が撮った結婚式当日の映像が流れていた。


真希が一人でステージに立ち、涙を流しながら、ドレスの裾が徐々に血で染まっていく――その悲惨な光景を、小雪は何度も巻き戻しては楽しんでいる。


そこに、グループチャットの通知が届く。


「小雪、真希が死んだって本当?」


相手は佐々木春香と木村凛との三人グループ。


「ああ、死んだよ。もう埋葬された」


春香がすぐにお祝いのスタンプを連打する。


「よかった!これで拓海はあんただけのものだね!」


「これからは“江藤夫人”と呼ばなきゃかな?」


瑶が続けて:「奥様!」


「奥様、これからも私たち二人をよろしくね。」


小雪は得意げに返信する。

「安心して、その日になったら二人を忘れないから」


金髪男は真っ黒のベッドヘッドに背を預け、三人のやりとりを静かに眺めている。


「奥様、ねぇ……へぇ、もうすぐだな。俺たち下っ端のこと、忘れないでくれよ?」


小雪は手を止め、すぐさまスマホを置いて金髪男の腰に抱きつき、甘えるようにささやく。


「私のすべてはあなたのものよ、信じでくれないの?」


小雪は金髪男の傷だらけの顔を見上げる。


心の中の嫌悪感を押し殺し、最大の障害だった真希はもういない。今や自分の秘密を知る唯一の存在はこの男だけ――


やっぱり、こいつも始末しなきゃ……


そう思いながら、表情には優しさを浮かべる。


「それに、私のお腹にはあなたの子がいるのよ。私が江藤家の奥様になれば、私たちの子が次の跡取りになるわ!」


金髪男は不自由な手で、小雪の腹を撫でる。


この子がいなければ、小雪のせいでこんな目にあった恨みで、とっくに彼女を始末していたはずだ。


親もなく、小学校卒業と同時に裏社会で生きてきた自分が、江藤家のような名家と関わることなど本来あり得ない。


だが今は違う。自分の子が江藤家の未来の後継者になる。そうなれば、自分だって頂点に立てるんだ。


誰も、自分を見下すことはできない。


その時、この女も自分の玩具にして、足元に跪かせてやる。


そして拓海――あいつが自分に与えた痛み、何倍にもして返してやる!


「約束を守れよ。もし裏切ったら、お前のやったこと、全部拓海に暴露してやるからな。」


小雪は微笑み、腕を伸ばして男の首に手を回し、唇を重ねる。


「できるわけないでしょ?」


金髪男の欲望が膨れ上がる。あの場所は壊されたが、まだ手は使える。


「この……」


まさにその時、ドアが勢いよく蹴破られた!


二人は驚愕し、入口を振り向く。


逆光の中、全身を黒で固めた拓海が立っている。かつての仏のような面影は消え、今や血に飢えた魔物のような、冷ややかな笑みを浮かべている。


小雪の頭の中は、ただ一つ――終わった……


***


地下三階。


小雪と金髪男は、護衛たちに足を蹴られ、膝から崩れ落ちて拓海の前に跪かされた。


拓海は椅子に斜めにもたれ、長い脚を組み、冷たい眼差しで二人を見下ろしている。手にしたスイスアーミーナイフの刃が光を反射する。


執事は拓海の前に立ち、冷静な表情で口を開く。


「どちらから話を始める?」


小雪はまだとぼけようとし、拓海の足元に這い寄ってズボンの裾を掴む。


「お兄ちゃん、彼に脅されたの。私たちの子を傷つけられるのが怖くて、仕方なく……」小雪はベテラン女優のように、泣き芝居も完璧だ。


一瞬で大粒の涙を流しながら、死を目前にしても真希に罪をなすりつけようとする。


「お兄ちゃん、聞いて。最近は真希さんのことで哀しんでいるでしょう?真希さんの死がお兄ちゃんにどれだけのショックだったか、私知ってる。これ以上心配かけたくなくて、全部黙ってたの。信じて、お兄ちゃん!」


まるで全て兄のためを思うその口ぶり。


拓海は手を伸ばし、小雪の顎を掴み上げさせる。


昔から彼女はこうだった。言葉ではいつも兄を一番に考えているように見せて、最後に得をするのはいつも小雪自身だった。

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