上流社会のパーティーは、いつだって複雑で華やかだ。
準備もまた一大事業であることは言うまでもない。
真希はすっかり慣れっこで、メイクや着付けの最中、うっかり居眠りまでしてしまった。
すべての支度が整い、真希は全身鏡の前で自分の姿を見つめた。
時空を超えたような不思議な感覚がした。
背中にふんわりとした長い髪を流し、落ち着いたドレスに映えるのは、まるで白雪に咲く一輪のバラのような鮮やかな赤いリップ。
冷たさも静けさも、一瞬で吹き飛ばす生命力があった。
「すごく、似合ってる。」
低く落ち着いた声に、真希はゆっくり振り返った。ドアのそばに立つ彼の姿が目に映る。
その眼差しには、隠しきれないほどの驚きと賞賛があった。
彼が黒い服を好むのは知っていたが、今日ほど黒が彼に似合うと思ったことはなかった。
彼は黒のスーツに身を包み、そのクラシカルな雰囲気は、真希のドレスとどこか通じるものがある。
滑らかに整えられたやや長めの髪、どんなヘアスタイルも難なくこなせる整った顔立ち。
真希は彼を上から下まで眺めた。
派手な装飾はないが、持ち前の魅力が存分に引き立っている。
「そろそろ、行こうか。」
彼が腕を差し出した。
真希は微笑み、彼のもとへ歩み寄ろうとした、そのとき――携帯が鳴った。
兄からの電話だった。
真希は携帯を掲げて、郁に「ちょっと待って」と目で合図した。
「もしもし、兄さん。」
黒崎北文の声は静かだった。
「真希、言い忘れてたけど、今夜大事なパーティーがあってな。俺は帰れそうにないから、プレゼントを用意した。代わりに取りに行って、黒澤家の代表として出席してくれ。」
またパーティー?
でも、彼と一緒に出席すると約束したのに。
「後で住所を送る。」
「……わかった。」
電話を切り、真希は申し訳なさそうに郁を見た。
「ごめんね、一緒に行けなくなっちゃった。」
郁は視線を落とし、理由も尋ねず、淡々と「好きにすれば」とだけ言った。
本当に申し訳なかった。
だけど、真希は黒澤家の顔として、出席すべき場もある。
郁には女性の付き添いなどいくらでもいるだろうし……と自分に言い聞かせ、その場を後にした。
佐藤は表面上は平静を装いながらも、内心では焦りがいっぱい。
若様の口は、拳と同じくらい硬い。
真希さんが行くパーティーが自分と同じだと知っていても、あえて何も言わずにいた。
真希は兄に指定された場所でプレゼントを受け取った。手のひらサイズの箱だったが、中身を確認したい気持ちを抑えて、そのままパーティー会場へ向かった。
タクシーで到着したのは彼女だけだったため、会場の警備員に呼び止められ、招待状の提示を求められた。
車を降りると、冬の夜風が冷たく、大きめのコート一枚では震えが止まらない。
身分を名乗ったが、警備員はまったく信じず、招待状がなければ入れないと突っぱねられた。
兄に招待状の写真を頼んだが、招待状は家にあるとのこと。真希は最近家に帰っていなかったので、そんなものがあることすら知らなかった。
「うっかりしてた」としか言いようがない。
今から取りに帰っても間に合わない。ここから黒澤家への道は逆方向だし、帰宅ラッシュに巻き込まれたら、すべてが手遅れになる。
せめて知り合いが来るのを待って、一緒に入れてもらおうと考えた。
すると、見覚えのある顔が現れた。
「佳穂!」
久しぶりに会う佳穂だった。
黒崎北文とデザイン会社の立ち上げに追われていた佳穂は、もともと今日のパーティーには出席する予定ではなかった。
だが、駆に頼まれて付き添いとして来ることになった。彼には何かと世話になっているから断れなかった。
ここで真希に会うとは、予想外のようで納得もできる。
普通なら、真希は黒崎北文と一緒にいるだろうと思っていたのに、門前で誰かを待っているとは……
「私も招待状、持ってないの。」
招待状は名家にしか届かず、家を代表して持参するのが決まりだ。佳穂はすでに南家から除名されており、招待状は手に入らない。
駆にここで待つよう言われ、車から降りたら偶然にも真希に出会ったのだ。
二人は顔を見合わせて苦笑する。
これも縁というものか。
境遇まで驚くほど似ている二人は、運命的に親友になるべくしてなったのかもしれない。
仕方ない、二人で寒空の下に並んで待つしかない。
佳穂は分厚いコートを着ていた。真希が薄着なのを見て、自分のコートを脱いで差し出した。
「私は丈夫だから、こっち着て。」
真希は受け取らず、そっと佳穂の耳元でささやいた。
「体、治せそうなの。」
「本当!?」
真希はうなずき、最近の出来事を簡単に話した。郁のおかげだと聞いて、佳穂は複雑な表情を浮かべる。
「郁って、なんだか最近、真希に対して変わったと思わない?」
「うん、分かってる。」
やっぱり!
「意地悪だけど、いいところもあるよね。」
まさか褒めるとは――。
以前は郁の話になると、真希は悪口しか言わなかったのに、こんなに変わるなんて。
郁はやっぱり、只者じゃない。
二人は寒さに震えつつ、小声で話し込んでいた。
そこへ高級車が止まり、佳穂は思わず真希を自分の後ろへ引き寄せた。
ドアが開くと、まず目に入ったのは真っ赤なハイヒール。
続いて、見覚えのある女性が姿を現した。
「真希、また会ったわね。私たち、縁があるみたい。」
佐々木春香だった。
佳穂は舌打ちし、あからさまに目をそらす。
真希、佳穂と佐々木春香、木村凛――かつての犬猿の仲。
真希が結婚して表舞台から姿を消し、佳穂が会社勤めを始めてから、ようやく四人の争いは終わった。
それまで真希と佳穂に押さえられていた佐々木春香と木村凛は、うっぷんを晴らしきれないまま過ごしていた。
真希の訃報が流れたとき、佐々木春香の興奮ぶりは木村凛にも劣らなかった。
真希の遺骨を掘り出してでも粉々にしたいとまで思ったほどだ。
だが、真希の遺骨は両親の元に渡ったと知り、その計画は諦めた。
ところが、真希は生き返った。
再び目の前に現れた今、佐々木春香はケーキを狙うゴキブリのような目つきで、明らかに因縁をつけるつもりだ。
「真希、よくもまあ生き延びたわね。あんなに血を流したのに、死ななかったなんて。」
その言葉に、真希の胸は今も重くなる。
子供のことは、彼女にとって消せない痛み。
もう二度と子どもを持てないと知った今、失った命を思い出すたび、息が詰まるほど辛い。