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第81話


上流社会のパーティーは、いつだって複雑で華やかだ。

準備もまた一大事業であることは言うまでもない。


真希はすっかり慣れっこで、メイクや着付けの最中、うっかり居眠りまでしてしまった。


すべての支度が整い、真希は全身鏡の前で自分の姿を見つめた。

時空を超えたような不思議な感覚がした。

背中にふんわりとした長い髪を流し、落ち着いたドレスに映えるのは、まるで白雪に咲く一輪のバラのような鮮やかな赤いリップ。

冷たさも静けさも、一瞬で吹き飛ばす生命力があった。


「すごく、似合ってる。」


低く落ち着いた声に、真希はゆっくり振り返った。ドアのそばに立つ彼の姿が目に映る。


その眼差しには、隠しきれないほどの驚きと賞賛があった。


彼が黒い服を好むのは知っていたが、今日ほど黒が彼に似合うと思ったことはなかった。


彼は黒のスーツに身を包み、そのクラシカルな雰囲気は、真希のドレスとどこか通じるものがある。

滑らかに整えられたやや長めの髪、どんなヘアスタイルも難なくこなせる整った顔立ち。


真希は彼を上から下まで眺めた。

派手な装飾はないが、持ち前の魅力が存分に引き立っている。


「そろそろ、行こうか。」


彼が腕を差し出した。


真希は微笑み、彼のもとへ歩み寄ろうとした、そのとき――携帯が鳴った。


兄からの電話だった。


真希は携帯を掲げて、郁に「ちょっと待って」と目で合図した。


「もしもし、兄さん。」


黒崎北文の声は静かだった。


「真希、言い忘れてたけど、今夜大事なパーティーがあってな。俺は帰れそうにないから、プレゼントを用意した。代わりに取りに行って、黒澤家の代表として出席してくれ。」


またパーティー?


でも、彼と一緒に出席すると約束したのに。


「後で住所を送る。」


「……わかった。」


電話を切り、真希は申し訳なさそうに郁を見た。


「ごめんね、一緒に行けなくなっちゃった。」


郁は視線を落とし、理由も尋ねず、淡々と「好きにすれば」とだけ言った。


本当に申し訳なかった。


だけど、真希は黒澤家の顔として、出席すべき場もある。

郁には女性の付き添いなどいくらでもいるだろうし……と自分に言い聞かせ、その場を後にした。


佐藤は表面上は平静を装いながらも、内心では焦りがいっぱい。


若様の口は、拳と同じくらい硬い。

真希さんが行くパーティーが自分と同じだと知っていても、あえて何も言わずにいた。


真希は兄に指定された場所でプレゼントを受け取った。手のひらサイズの箱だったが、中身を確認したい気持ちを抑えて、そのままパーティー会場へ向かった。


タクシーで到着したのは彼女だけだったため、会場の警備員に呼び止められ、招待状の提示を求められた。


車を降りると、冬の夜風が冷たく、大きめのコート一枚では震えが止まらない。


身分を名乗ったが、警備員はまったく信じず、招待状がなければ入れないと突っぱねられた。


兄に招待状の写真を頼んだが、招待状は家にあるとのこと。真希は最近家に帰っていなかったので、そんなものがあることすら知らなかった。


「うっかりしてた」としか言いようがない。


今から取りに帰っても間に合わない。ここから黒澤家への道は逆方向だし、帰宅ラッシュに巻き込まれたら、すべてが手遅れになる。


せめて知り合いが来るのを待って、一緒に入れてもらおうと考えた。


すると、見覚えのある顔が現れた。


「佳穂!」


久しぶりに会う佳穂だった。


黒崎北文とデザイン会社の立ち上げに追われていた佳穂は、もともと今日のパーティーには出席する予定ではなかった。


だが、駆に頼まれて付き添いとして来ることになった。彼には何かと世話になっているから断れなかった。


ここで真希に会うとは、予想外のようで納得もできる。

普通なら、真希は黒崎北文と一緒にいるだろうと思っていたのに、門前で誰かを待っているとは……


「私も招待状、持ってないの。」


招待状は名家にしか届かず、家を代表して持参するのが決まりだ。佳穂はすでに南家から除名されており、招待状は手に入らない。


駆にここで待つよう言われ、車から降りたら偶然にも真希に出会ったのだ。


二人は顔を見合わせて苦笑する。


これも縁というものか。

境遇まで驚くほど似ている二人は、運命的に親友になるべくしてなったのかもしれない。


仕方ない、二人で寒空の下に並んで待つしかない。


佳穂は分厚いコートを着ていた。真希が薄着なのを見て、自分のコートを脱いで差し出した。


「私は丈夫だから、こっち着て。」


真希は受け取らず、そっと佳穂の耳元でささやいた。

「体、治せそうなの。」


「本当!?」


真希はうなずき、最近の出来事を簡単に話した。郁のおかげだと聞いて、佳穂は複雑な表情を浮かべる。


「郁って、なんだか最近、真希に対して変わったと思わない?」


「うん、分かってる。」


やっぱり!


「意地悪だけど、いいところもあるよね。」


まさか褒めるとは――。


以前は郁の話になると、真希は悪口しか言わなかったのに、こんなに変わるなんて。


郁はやっぱり、只者じゃない。


二人は寒さに震えつつ、小声で話し込んでいた。


そこへ高級車が止まり、佳穂は思わず真希を自分の後ろへ引き寄せた。


ドアが開くと、まず目に入ったのは真っ赤なハイヒール。


続いて、見覚えのある女性が姿を現した。


「真希、また会ったわね。私たち、縁があるみたい。」


佐々木春香だった。


佳穂は舌打ちし、あからさまに目をそらす。


真希、佳穂と佐々木春香、木村凛――かつての犬猿の仲。


真希が結婚して表舞台から姿を消し、佳穂が会社勤めを始めてから、ようやく四人の争いは終わった。


それまで真希と佳穂に押さえられていた佐々木春香と木村凛は、うっぷんを晴らしきれないまま過ごしていた。


真希の訃報が流れたとき、佐々木春香の興奮ぶりは木村凛にも劣らなかった。


真希の遺骨を掘り出してでも粉々にしたいとまで思ったほどだ。


だが、真希の遺骨は両親の元に渡ったと知り、その計画は諦めた。


ところが、真希は生き返った。


再び目の前に現れた今、佐々木春香はケーキを狙うゴキブリのような目つきで、明らかに因縁をつけるつもりだ。


「真希、よくもまあ生き延びたわね。あんなに血を流したのに、死ななかったなんて。」


その言葉に、真希の胸は今も重くなる。

子供のことは、彼女にとって消せない痛み。

もう二度と子どもを持てないと知った今、失った命を思い出すたび、息が詰まるほど辛い。



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