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第82話


春香の一言が、真希の怒りに火をつけた。


「久しぶりに会っても、全然成長してないわね。木村凛は江藤家と繋がりを持ったっていうのに、あなたはただ無駄に騒いでるだけ。ほんとに役立たず。」


佐々木春香は、怒りで顔を歪めていた。


その時、ふっと軽やかな笑い声が響き、みんなの視線がそちらに集まった。


「黒澤のお嬢様、ずいぶん威勢がいいのね。」


この声は――


真希の唇がきゅっと引き締まり、視線は車から降りてきた人影に釘付けになった。

淡いブルーのグラデーションドレスに身を包み、髪をきれいにまとめて、首元まで届くダイヤのイヤリング。


そして、その顔――たとえ灰になっても見分けられる、あの顔。


「小雪……」


生きている。しかも、思ったよりずっと元気そうだ。


真希は自分の気持ちがうまく整理できなかった。

小雪には相応の罰を受けてほしいと願っていたが、それは叶わぬ夢だともわかっていた。拓海があれほど小雪を大事にしているのだから、彼女を傷つけるはずがない。

たとえ、最近は自分に心が傾き始めていたとしても、たった今心に住み始めた人が、十年以上心の奥にいた人に勝てるわけがない。


小雪は佐々木春香の車から降りてきた。

オートクチュールドレスを身にまとい、以前の儚げなイメージとは打って変わって、今の小雪はまるで妖精のようだった。


「久しぶりね。」


小雪は笑顔で真希に手を差し出した。


真希は無視した。


小雪は肩をすくめ、身につけていたファーを整えながら言った。


「あまり元気そうじゃないわね。」


真希はわかっていた。

小雪が自分の前に現れれば、必ず何か刺々しいことを言うに違いない。案の定、まだ二言三言交わしただけで、すぐに攻撃してきた。


「私と拓海はもう離婚したの。」


小雪は無垢な瞳をぱちぱちと瞬かせた。

どんなに雰囲気を変えようと、長年染みついた仕草や態度はもう体に染みついている。


真希は小雪に、もう自分と拓海の間には何もないことを伝えたかった。

これ以上争う理由はない、と。


しかし、小雪の心の中では、真希はすでに許せない相手だった。


真希が死んだと伝えられたあの時期、小雪はまるで地獄の中で生きているようだった――男たちの暴力、苦しみ、流産…その全てが骨の髄まで恨みを刻みつけた。

もしもあの時、護衛を買収して、彼の携帯で母親に助けを求めていなければ、とっくにあの世に行っていただろう。


母に連れられて国外で療養することになったが、もし本当に真希が死んでいたなら、きっと拓海に恨みをぶつけていただろう。


なのに――


なぜ、真希は生きているの?


彼女が生きているなら、自分が受けた苦しみはどうなるのか。


真希、あなたさえいなければ。


私は絶対に諦めない。


今日はパーティー、相手のホームでのこと。真希は馬鹿げた争いに付き合うつもりはなかった。


そのまま進もうとしたが、佐々木春香に腕を掴まれた。歪んだ顔は見るも無惨だった。


「真希、あなたの天敵が戻ってきたわよ。いつまで強がっていられるかしらね。」


小雪は耳元の髪を整え、二人の間に割って入った。

今日が帰国後、初めて大勢の前に姿を現す日。

この争いはまだまだ続く。彼女にはまだやるべきことが山ほどある。


何と言っても、小雪の評判はもうほとんど残っていないのだから。


「もう中に入りましょう。こんな人たちと無駄に話しても仕方ないわ。」


春香たちは招待状を差し出し、先に邸宅へと入っていった。


小雪は振り返って真希に声をかけた。


「よかったら、中に案内しましょうか?」


佳穂が冷たく笑った。


「けっこうです。」


小雪は肩をすくめ、そのまま屋敷の中へ。


佳穂は真希の背中を優しく叩いた。


「大丈夫?」


真希は笑って首を振った。


「ただの道化たちよ、もう気にしてない。」


佳穂はその言葉を信じていなかった。まったく、駆はちょっと待っててって言ったのに、どうしてこんなに遅いのよ!


彼女は駆に電話をかけようとした。


遠く、暗闇の中――


一台のロールスロイスが静かに道端に停まっていた。


駆は携帯をマナーモードにし、隣の男をちらりと見てつぶやいた。


「はぁ、男心って、本当に分からないね。」


男は何も言わなかった。


駆は車のドアを開け、両手をポケットに入れたまま、のんびりと佳穂の方へ歩いていった。


「よう。」


駆!


「一人で来たの? 車は?」


駆は笑いながら真希の頭を軽く撫でた。


「さあ、中に行こう。」


駆が先頭に立ち、招待状を見せて真希と佳穂を連れて邸宅の中へ。


入る直前、真希はふと暗闇の方を振り返った。誰かに見られているような気がした。


その違和感を振り払うように、佳穂と並んで宴会場へと足を踏み入れた。


中に入って初めて、今日のパーティーの主催が木村凛の家だと知った。


理由は、江藤家と木村家の縁組みを祝うためだった。


拓海は、本当に木村凛と結婚するのか。


真希と拓海の過去は、これで完全に幕を下ろすのだろう。


これからは、拓海の隣にいるのは真希ではなく、木村凛。


悲しい? 少しの未練はある。

この恋の終わりは、真希にとって一番輝いていた青春の幕引きでもあった。


真希が姿を現すと、会場は再び静まり返った。


最初に静寂が訪れたのは、小雪が現れた時だった。


「何よ、あの二人がまた同じ場所にいるなんて!」


「これは波乱の予感しかしない……」


あの結婚式がきっかけで、真希と拓海、小雪は一躍、上流社会で注目の的となった。ただし、それはあまり良い意味ではなかった。


真希には特にスキャンダルはなかったが、彼女の破滅的な気質と行動が原因で、多くの家が距離を置くようになっていた。

拓海は絶大な権力を持っているため、どんなに批判があっても、表向きは誰も逆らえない。


一番不幸だったのは小雪だった。江藤家の後ろ盾もなく、十分な切り札もない彼女は、江藤家に守ってもらえなかった。


事件の後、江藤家は小雪が拓海を誘惑し、真希との関係を壊したと発表し、幼い頃の小雪が夜中に拓海の部屋に忍び込む映像や、真希を陥れた証拠まで公開した。


証拠は決定的で、小雪は徹底的に叩かれた。

もちろん、その映像や証拠は都合のいい部分だけが編集されていたのだが。


小雪の母親は彼女を海外に連れ出し、現地で家を借りて匿うしかなかった。


誰もが、こんなに屈辱的なことが明るみに出たのだから、小雪はもうこの世界に戻って来られないだろうと思っていた。


だが、彼女は何事もなかったかのように、堂々と現れ、周囲と楽しそうに会話している。その精神力の強さに、誰もが驚きを隠せなかった。


そして少し遅れて、真希も入場した。


真希が生きているという噂はあったものの、今日、実際に姿を見て、皆がそれを信じた。


会場の前方では、小雪が木村凛や佐々木春香と一緒に話していた。入口には真希、佳穂、駆が並んで立っている。


そして今日は、拓海と木村家の縁組みを祝う宴。


この先、どんな騒動が巻き起こるのか、誰もが期待せずにはいられなかった。



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