彼が顔をこちらに向けた瞬間、真希は空中に消えていく一粒の涙を見た。
「君を初めて見たとき、すぐに分かったよ。ドラッグに手を染めていた。彼女と同じで、青白く、痩せ細り、弱々しくて、体が無意識に震えていた。目には生気がなく、それでも無理に笑おうとしていた。正直、本当に腹が立ったんだ。」
彼はドラッグの売人を憎んでいたし、薬に溺れる者たちも同じくらい憎んでいた。ドラッグは彼の恋人だけでなく、無数の家庭を壊してきたのだ。
彼は、真希も自分が海外で出会った金持ちの子息たちと同じく、退屈しのぎや刺激を求める遊び感覚で薬に手を出したのだと思っていた。
真希には、まだまだこれから輝く未来があるはずだった。それなのに、自らの手でその未来を壊してしまった。
彼女は分かっていただろうか。生きるために必死でもがいている人がいることを。
だからこそ、彼は当時、真希の中に亡くなった恋人の面影を見つけても、怒りに我を忘れてしまった。
彼女を無理やり催眠にかけたのも、本当は薬の入手ルートを突き止めて警察に通報し、犯人を捕まえたかったからだった。
だが、そこで耳にしたのは胸を引き裂かれるような告白だった。
真希は自ら望んで薬に手を出したわけではなく、売人によって無理やり打たれたのだ。
彼の恋人と同じように。
しかも、そのすべての元凶は彼の従弟だった――
真希が拓海を追いかけていたことは、海外にいる時に少し耳にしたことがあった。
当時は、勇気のある女の子だなと思っただけで、深くは気に留めなかった。
だから、真希が拓海にどれほど心を砕き、どれだけ傷ついてきたかは知らなかった。
真希の中に、亡き恋人の影を見つけ、自分自身が愛に苦しめられた記憶も蘇った。
似たような経験を持ちながら、辿った運命は違った。
恋人はビルの屋上から身を投げた。一方、真希は自分で立ち上がる道を選んだ。
彼は苦しみの中に沈み続けたが、真希はすでに、その痛みから抜け出していた。
宮崎明は苦い笑みを浮かべた。
「彼女がいなくなった後、心理学も学び始めた。君の許可なく催眠したことは本当に悪かったと思ってる。でも、君を見ていると、まるで彼女が助けを求めているように感じて……“救ってあげて”って、彼女が僕に語りかけている気がしたんだ。」
真希には、なんと言えばいいのか分からなかった。
どんな慰めの言葉も空虚に響くだけだ。
愛する人を失う悲しみは、嵐のようなものではなく、一生消えない湿り気のようなものだから。
彼は恋人を心から愛していた。その愛ゆえに、今も苦しみから抜け出せずにいる。
真希もかつて、誰よりも強く一人の人間を愛した。その分だけ、愛する人から受けた傷は魂が引き裂かれるほど痛かった。
真希は身も心もズタズタになってやっと、その恋から抜け出した。
だが、宮崎明はどうすればその苦しみから抜け出せるのだろうか。
愛した人はもういない。目の前から永遠に消えてしまった。
思い出すたびに心が焼かれるような痛みを感じ、もう二度と取り戻せないと知りながら、日々その苦しみと向き合い続けるしかない。
真希はふいに宮崎明の気持ちに共感できた。
あの日、彼が取り乱した理由も分かった。
彼は自分を、亡くなった香澄と重ねて見ていたのだ。
宮崎明も、また哀れな人だと思った。
真希は不器用に、彼の背中をぽんぽんと叩いた。
「きっと、彼女はあなたを責めたりしないよ。あちらの世界でも、きっとあなたを愛し続けている。」
真希が手を引こうとした瞬間、腰に強い力がかかった。
宮崎明が真希を抱きしめたのだ。そのまま肩に顔をうずめ、苦しげな声を漏らした。
「香澄……あんまりだよ……」
真希は小さくため息をついた。
は自分を“香澄”と重ねてしまった。
もう二度と会えず、「愛してる」とも「ごめん」とも言えない、彼の大切な女性。
真希はそっと宮崎明の背中をさすった。
「大丈夫、きっと時間が癒してくれるよ……」
言いかけたところで、不意に驚いた女性の声が響いた。
「あなたたち、何してるの?」
廊下は薄暗かった。
宮崎明が顔を上げ、真希もそちらを見た。
二人の動きはまるで示し合わせたようにぴたりと揃い、奇妙な一体感があった。
明暗の境目に、赤いドレスの女性と、きちんとしたスーツ姿の男性が立っていた。
拓海と木村凛だった。
木村凛は赤い唇をわずかに開き、目を大きく見開いて、あたかも偶然見てしまったかのように驚いたふりをしていたが、その演技は小雪よりもずっと下手だった。
その目は驚きではなく、明らかな嘲りに満ちていた。
父親と別れた後、彼女は拓海を探していた。
予想通り、小雪は自分がいない間に拓海に近づいたようだった。
凛は何か理由をつけて拓海を連れ出したかった。
その理由は、拓海が素直に小雪のもとを離れられるようなものでなければならない。
いろいろ考えた末、「真希が来ている」と伝えた。
そうすれば、二人とも真希に挨拶するのが筋だと思うはずだ。
案の定、拓海は自分と一緒に来た。彼女は内心、真希の存在がこれほどまで拓海にとって大きいことに苛立っていたが、顔を上げた瞬間、真希が男性に抱きしめられている光景を目にして、思わず笑い出しそうになった。
絶妙なタイミングで、こんな面白い場面に出くわすなんて。
彼女は拓海の腕にしっかりとつかまり、彼の体が緊張しているのを感じ取ると、心の中で小さくガッツポーズをした。
拓海、これで真希の本性が分かったでしょう?
真希は男なしでは生きていけない女だ。
離婚して間もないのに、もう次の相手を探している――
「何をしているの?」
拓海が問いただす。
明らかに、真希は二人の存在など気にしていない様子だった。
二人はもう離婚している。
真希は自由の身だ。男性と抱き合おうが、誰かと寝ようが、拓海に口出しする権利はない。
真希はちらりと視線を向け、すぐに宮崎明の方へ戻した。
「もう大丈夫?」
宮崎明は静かにうなずいた。
「ありがとう。」
彼女が自分を拒まなかったこと、過去の夢をもう一度思い出させてくれたことに心から感謝していた。
香澄、君が真希を僕のもとへ連れてきてくれたのか?
僕に苦しみから抜け出してほしいと願っているのか?
香澄、僕はいつまでも君を愛しているよ――
宮崎明はそっと真希の頭を撫でた。そのしぐさはどこか親密さを感じさせた。
拓海の目がほんの一瞬、陰りを帯びる。
木村凛は自分の仕掛けた罠が思うように効いていないと感じ、諦めきれずに再び口を開いた。
「真希、もう次の相手が見つかったの?」
その言い方は、まるで真希が誰にも相手にされない“売れ残り”で、やっと拾ってくれる人を見つけたかのようだった。
「私たちはただの友人よ。」
木村凛はため息をついてみせた。
「まあ、そうよね。離婚歴があって子どもも産めないんじゃ、いい相手を見つけるのは難しいでしょうね。」
そう言って、宮崎明に微笑みかける。
彼女はわざと真希が子どもを産めないことを口に出した。
普通の男性なら、子どもが産めない女性なんて選ばないだろう。
こんな素晴らしい男性が、真希に騙されないようにと、彼女は自分なりの“親切心”を発揮したつもりだった。
だが、宮崎明は木村凛には一瞥もくれず、ふっと笑った。
「もう令和ですよ。まだ女性の価値を“子どもを産めるかどうか”で測るなんて、木村さんは自分自身を“産む機械”だと思ってるんですか?」
木村凛はむっとした。せっかく親切で忠告してやったのに、感謝されるどころか皮肉を返されるなんて!