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第87話


「拓海、どうして私を傷つけたい時に傷つけて、忘れたい時に忘れて、知りたいことがあれば他人が必ず答えなきゃいけないの?」

真希はあえて答えなかった。彼に教えないで、もどかしい思いをさせてやりたかった。


「過去のことは、もう話したくないの。」

真希はコートを手に取って、その場を去ろうとする。


拓海が一歩横に動き、道を塞いだ。

「はっきり言ってくれ。」


真希は眉をひそめる。

「あなたには関係ないでしょ?それで満足?」


「嘘だ!」


拓海はすぐに真希が嘘をついていると思った。

彼女は何を隠しているんだ?


「拓海……」


「関係ない!」


宮崎明が助け舟を出そうとしたが、拓海に遮られた。


拓海は真希の腕を掴む。


「ここで話したくないなら、場所を変えよう。」


「離して!」

真希は抵抗するが、拓海は手首を強く掴んで、全く譲る気配がない。


もみ合いの中で、真希は体勢を崩し、足をひねってしまい、痛みに顔をしかめてそのまま床に座り込んだ。


「真希!」

佳穂は騒ぎを聞きつけて、真希の身に何かあったのではとすぐ駆けつけた。


ハイヒールで急ぎ足でやって来た佳穂が見たのは、床に座り込んだ真希と、その手を掴んでいる拓海の姿だった。


真希はうつむき、表情は見えない。

周りには多くの人がいたが、誰一人助けようとはしない。誰も真希の味方をせず、ただ冷ややかに見ているだけだった。


佳穂は人の冷たさを知っていた。

特にこの場にいる自分を特別だと思っているような連中は、目先の利益しか頭にない。


かつて真希が黒澤家の令嬢だった頃は、皆こぞって彼女と親しくし、庇い立てさえしていた。

その後、黒澤家が海外へ移り、真希が拓海の妻となると、今度は拓海への忖度から、まるでお姫様のように持ち上げられていた。


だが、拓海と離婚したという噂が広まると、彼らは手のひらを返したように真希を無視し、まるで空気のように扱った。


それだけならまだしも、なぜ、彼女を傷つける必要があるのか!


佳穂の怒りは頂点に達した。


宮崎明は真希を助け起こそうと手を伸ばしたが、その手を佳穂が強く押しのけた。

佳穂は周りの人間、そして拓海までも力強く押しのけて、真希のそばに近づく。


拓海も、真希が倒れたことに動揺して反応できず、佳穂に押し飛ばされた。


「真希、大丈夫!?」

佳穂は真希のそばにしゃがみ、コートを掛けて冷えないように気遣った。


聞き慣れた声に、真希は顔を上げて佳穂の手を握る。苦しそうな表情で、


「足、捻っちゃったみたい……」


佳穂が真希のスカートの裾を持ち上げると、足首が赤く腫れていた。


細身なだけに、足首が腫れると余計にアンバランスで痛々しい。


またしても、あの連中のせいで真希が傷ついた。

特に、拓海が絡むと真希は必ず不幸になる気がする。


「拓海、お願いだから真希に近づかないで!あんた、どれだけ彼女を傷つければ気が済むの?本当に彼女をダメにしなきゃ納得しないの?」


何をした、何をしたって言うんだ?


「俺は……」


拓海は「覚えていない」と言いかけたが、二人の声が同時に割って入った。


「まずは病院だ。」


宮崎明が言う。


「佳穂、言いがかりはやめて!」

木村凛が声を荒げる。


「言いがかり?」

佳穂は皮肉っぽく笑った。

「じゃあ、真希のケガはあなたたちのせいじゃないって言えるの?」


「彼女が勝手に転んだだけで、私たちには関係ない!」


無理がある言い訳だ。


佳穂はさらに言い返そうとしたが、真希に止められた。


こんな連中とこれ以上言い合っても、時間の無駄だ。


拓海と別れると決めたあの時から、江藤家も、この世界も、真希には何の意味もなかった。


彼らがどう思おうが、真希には関係ない。

今はただ、自分の体を大事にして、生きていきたいだけだ。


「もういいよ、行こう。」


真希にそう言われ、佳穂は真希の腕を自分の肩に回す。


「私が支えるから、気をつけて。」


真希はうなずき、佳穂に寄りかかりながら、なんとか立ち上がった。

傷口に触れてしまい、思わず息を呑む。


宮崎明が再び手を貸そうとするが、佳穂はそれを受け付けない。

この人が誰なのか、どちらの味方かも分からない。

真希に知らない人を近づけたくなかった。


その時、少し離れたところを歩いていた二人が目に入った。佳穂は大声で呼ぶ。


「駆、手伝って!」


「俺に頼むなら、見返りが必要だぞ」

「いいから早く来て。真希がケガしたの!」


駆は眉を上げて相良と目を合わせる。相良はすぐに携帯を取り出し、何かメッセージを送り、二人で佳穂と真希のもとへ向かった。


真希は佳穂に寄りかかり、片足はほとんど地面につけられない。


相良は真希の前にしゃがみこみ、スカートの裾をめくって足首を見る。白い肌に、赤い腫れがひときわ目立った。


「誰にやられた?」

優しい口調だが、感情は読み取れない。


佳穂は鼻で笑い、拓海を見やる。


「他に誰がいるのよ。」


また拓海か。

真希と拓海は、何かと縁があるのか。どうしていつも彼のせいで怪我をするのか。パーティーで会えば必ずトラブルになるなんて、呆れたものだ。


相良は立ち上がり、拓海に一瞥。

江藤家が拓海の記憶喪失を隠しているが、山口家、周防家、市崎家にはそんな秘密は通用しない。


拓海が記憶を失ったことも、なぜそうなったかも、彼らはすぐに知っていた。


思えば、真希がそばにいたのに大事にしなかった拓海の自業自得だ。

真希がいなくなってから後悔し、自分まで壊して記憶を無くして、何の意味がある。


もう、真希は彼のものではない。


それにしても、今度は何があって真希に絡んでいるのか?


「何か、彼を怒らせることでもしたの?」

相良は真希に聞いた。


「もし、質問に答えなかったのが悪いっていうなら、そうかもね。」

真希は淡々と答える。


佳穂はそれを聞いて笑う。

「拓海、自分を王様か何かと勘違いしてるの?自分の質問に答えなかったからって、罰を与えるつもり?」


真希にどんな質問をしたかなんてどうでもいい。

とにかく、拓海が真希を苦しめていることが許せなかった。


拓海は黙ったまま、手首の白い念珠触れている。


相良、駆、拓海――三人が向き合うと、三つ巴の緊張感が漂う。


このままでは場の空気がさらに悪化しそうになった時、木村凛がようやく賢明な判断を下した。


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