「拓海、どうして私を傷つけたい時に傷つけて、忘れたい時に忘れて、知りたいことがあれば他人が必ず答えなきゃいけないの?」
真希はあえて答えなかった。彼に教えないで、もどかしい思いをさせてやりたかった。
「過去のことは、もう話したくないの。」
真希はコートを手に取って、その場を去ろうとする。
拓海が一歩横に動き、道を塞いだ。
「はっきり言ってくれ。」
真希は眉をひそめる。
「あなたには関係ないでしょ?それで満足?」
「嘘だ!」
拓海はすぐに真希が嘘をついていると思った。
彼女は何を隠しているんだ?
「拓海……」
「関係ない!」
宮崎明が助け舟を出そうとしたが、拓海に遮られた。
拓海は真希の腕を掴む。
「ここで話したくないなら、場所を変えよう。」
「離して!」
真希は抵抗するが、拓海は手首を強く掴んで、全く譲る気配がない。
もみ合いの中で、真希は体勢を崩し、足をひねってしまい、痛みに顔をしかめてそのまま床に座り込んだ。
「真希!」
佳穂は騒ぎを聞きつけて、真希の身に何かあったのではとすぐ駆けつけた。
ハイヒールで急ぎ足でやって来た佳穂が見たのは、床に座り込んだ真希と、その手を掴んでいる拓海の姿だった。
真希はうつむき、表情は見えない。
周りには多くの人がいたが、誰一人助けようとはしない。誰も真希の味方をせず、ただ冷ややかに見ているだけだった。
佳穂は人の冷たさを知っていた。
特にこの場にいる自分を特別だと思っているような連中は、目先の利益しか頭にない。
かつて真希が黒澤家の令嬢だった頃は、皆こぞって彼女と親しくし、庇い立てさえしていた。
その後、黒澤家が海外へ移り、真希が拓海の妻となると、今度は拓海への忖度から、まるでお姫様のように持ち上げられていた。
だが、拓海と離婚したという噂が広まると、彼らは手のひらを返したように真希を無視し、まるで空気のように扱った。
それだけならまだしも、なぜ、彼女を傷つける必要があるのか!
佳穂の怒りは頂点に達した。
宮崎明は真希を助け起こそうと手を伸ばしたが、その手を佳穂が強く押しのけた。
佳穂は周りの人間、そして拓海までも力強く押しのけて、真希のそばに近づく。
拓海も、真希が倒れたことに動揺して反応できず、佳穂に押し飛ばされた。
「真希、大丈夫!?」
佳穂は真希のそばにしゃがみ、コートを掛けて冷えないように気遣った。
聞き慣れた声に、真希は顔を上げて佳穂の手を握る。苦しそうな表情で、
「足、捻っちゃったみたい……」
佳穂が真希のスカートの裾を持ち上げると、足首が赤く腫れていた。
細身なだけに、足首が腫れると余計にアンバランスで痛々しい。
またしても、あの連中のせいで真希が傷ついた。
特に、拓海が絡むと真希は必ず不幸になる気がする。
「拓海、お願いだから真希に近づかないで!あんた、どれだけ彼女を傷つければ気が済むの?本当に彼女をダメにしなきゃ納得しないの?」
何をした、何をしたって言うんだ?
「俺は……」
拓海は「覚えていない」と言いかけたが、二人の声が同時に割って入った。
「まずは病院だ。」
宮崎明が言う。
「佳穂、言いがかりはやめて!」
木村凛が声を荒げる。
「言いがかり?」
佳穂は皮肉っぽく笑った。
「じゃあ、真希のケガはあなたたちのせいじゃないって言えるの?」
「彼女が勝手に転んだだけで、私たちには関係ない!」
無理がある言い訳だ。
佳穂はさらに言い返そうとしたが、真希に止められた。
こんな連中とこれ以上言い合っても、時間の無駄だ。
拓海と別れると決めたあの時から、江藤家も、この世界も、真希には何の意味もなかった。
彼らがどう思おうが、真希には関係ない。
今はただ、自分の体を大事にして、生きていきたいだけだ。
「もういいよ、行こう。」
真希にそう言われ、佳穂は真希の腕を自分の肩に回す。
「私が支えるから、気をつけて。」
真希はうなずき、佳穂に寄りかかりながら、なんとか立ち上がった。
傷口に触れてしまい、思わず息を呑む。
宮崎明が再び手を貸そうとするが、佳穂はそれを受け付けない。
この人が誰なのか、どちらの味方かも分からない。
真希に知らない人を近づけたくなかった。
その時、少し離れたところを歩いていた二人が目に入った。佳穂は大声で呼ぶ。
「駆、手伝って!」
「俺に頼むなら、見返りが必要だぞ」
「いいから早く来て。真希がケガしたの!」
駆は眉を上げて相良と目を合わせる。相良はすぐに携帯を取り出し、何かメッセージを送り、二人で佳穂と真希のもとへ向かった。
真希は佳穂に寄りかかり、片足はほとんど地面につけられない。
相良は真希の前にしゃがみこみ、スカートの裾をめくって足首を見る。白い肌に、赤い腫れがひときわ目立った。
「誰にやられた?」
優しい口調だが、感情は読み取れない。
佳穂は鼻で笑い、拓海を見やる。
「他に誰がいるのよ。」
また拓海か。
真希と拓海は、何かと縁があるのか。どうしていつも彼のせいで怪我をするのか。パーティーで会えば必ずトラブルになるなんて、呆れたものだ。
相良は立ち上がり、拓海に一瞥。
江藤家が拓海の記憶喪失を隠しているが、山口家、周防家、市崎家にはそんな秘密は通用しない。
拓海が記憶を失ったことも、なぜそうなったかも、彼らはすぐに知っていた。
思えば、真希がそばにいたのに大事にしなかった拓海の自業自得だ。
真希がいなくなってから後悔し、自分まで壊して記憶を無くして、何の意味がある。
もう、真希は彼のものではない。
それにしても、今度は何があって真希に絡んでいるのか?
「何か、彼を怒らせることでもしたの?」
相良は真希に聞いた。
「もし、質問に答えなかったのが悪いっていうなら、そうかもね。」
真希は淡々と答える。
佳穂はそれを聞いて笑う。
「拓海、自分を王様か何かと勘違いしてるの?自分の質問に答えなかったからって、罰を与えるつもり?」
真希にどんな質問をしたかなんてどうでもいい。
とにかく、拓海が真希を苦しめていることが許せなかった。
拓海は黙ったまま、手首の白い念珠触れている。
相良、駆、拓海――三人が向き合うと、三つ巴の緊張感が漂う。
このままでは場の空気がさらに悪化しそうになった時、木村凛がようやく賢明な判断を下した。