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第2章 隠蔽された真実と動き出す運命

第12話 地下からの共鳴



 闇夜に紛れ、オペラからの新たな予告状が魔法省の最高機密室に届いた。それは、これまでオペラが示してきたどの紋様よりもさらに複雑な幾何学模様が刻まれ、見る者の心を惑わすようだった。中心には、歪んだ歯車の意匠が不気味に浮かび上がっていた。標的は、魔法省が厳重に保管する太古の歴史を記す古文書「世界樹の根の記述」。


 その名が示す通り、世界の根源に触れるかのような、計り知れない価値を持つ書物だ。魔力によって封印された部屋に厳重に保管され、決して外部の者が触れることのできないはずの書物だった。


 アメリアは、その複雑な図形に、これまでの事件との関連性を示す新たな謎の糸口を感じ取っていた。しかし、その解読は容易ではないことを、彼女は直感していた。オペラは、常に予想の斜め上を行く手口で、彼女の思考を試すかのようだった。


 予告通り、日付が変わった午前0時を過ぎた頃、魔法省の地下深く、これまで誰も感知できなかった特定の場所から異変が始まった。それは単なる振動や電磁波ではなかった。まるで地の底から何かが目覚めたかのような、強く、不規則で、そしてどこか不気味な脈動が、省全体を揺らし始めたのだ。


 それは、生命を持った何かが呼吸しているかのような、ぞっとするような感覚を伴っていた。魔法省の堅牢な壁を伝って、その共鳴は瞬く間に省全体に広がり、内部の空気を震わせた。高層階にあるガウス警部の執務室の窓ガラスが微かに震え、カップに入った紅茶の表面にさざ波が立った。


 地下からの共鳴に呼応するように、魔法省内部の魔導具までが次々と暴走を始めた。廊下の照明は明滅を繰り返し、警備用のゴーレムは突然停止し、目を光らせては意味不明な言語を発し始めた。


 セキュリティの魔法陣は勝手に起動しては誤作動を起こし、職員はパニックに陥った。宙を舞う書類、けたたましく鳴り響く警報、そしてそこかしこで聞こえる悲鳴。これまで経験したことのない混乱が、魔法省を飲み込もうとしていた。


 省内の魔法使いは魔力の制御を失い、杖から不規則な閃光が迸り、結界術師は術の維持に苦悶の表情を浮かべていた。彼らの魔力が、まるで泥水のように濁っていくのを感じていた。


 セドリックは、この魔導具の暴走を強力な魔法的な干渉だと判断し、自身の得意な魔法陣の解析を進めるが、一向に手掛かりを得られないでいた。彼の魔法では、オペラの仕掛けた「電磁波」と「振動」という、科学的な現象の根源を捉えることができないのだ。


 彼は机に広げた魔法陣の設計図を睨みつけ、苛立ちを募らせる。彼の周囲に広がる魔力の渦は、彼自身の焦りを反映しているかのようだった。彼の研究室の床には、いくつもの失敗した魔法陣の符が散らばっていた。


「くそっ、この魔力の乱れは何だ!解析できない……!まるで、魔法そのものが歪められているかのようだ……!」


 セドリックは、魔法界の常識を覆すこの現象に、自身の魔法の限界を突きつけられていた。彼の声には焦りと無力感が滲んでいた。魔法省の最も優れた魔法使いとしてのプライドが傷つけられ、自身のすべてを否定されたような気分だった。彼がこれまで築き上げてきた知識と経験が、この未知の現象の前では何の役にも立たないのだ。


 隣で事態を見守っていたガウス警部も、セドリックの苦戦を見て、深く顔に皺を刻んでいた。警部の表情には、頼みの綱であるセドリックがこれほどまでに苦戦していることへの、深い不安が滲んでいた。


 セドリックの額には脂汗がにじみ、その魔力が及ばない未知の現象に、ただただ歯噛みするしかなかった。魔法省の職員たちは彼の指示を待っていたが、セドリックには為す術がなかった。彼が魔法の知識に絶対的な自信を持っていたからこそ、この状況は彼にとって耐え難いものだった。


 彼の手は震え、魔法陣を書き込むペンが何度も滑った。ガウス警部はセドリックの肩に手を置いた。


「セドリック殿、無理をするな。君の魔力が乱れている」


 セドリックは、警部の言葉に顔を上げた。その目は、疲労と悔しさで赤く充血していた。


「警部……私には、これが何なのか、全く分かりません。これは、魔法ではない。あるいは、私が知る魔法とは、あまりにもかけ離れたものだ……!」


 魔法省の危機に際し、彼らは為す術がないように思われた。




 一方、アメリアは、工房のモニターに映し出されたデータに集中していた。彼女の視線は、複雑に絡み合う波形と数値の羅列を瞬時に読み解いていた。新たな電磁波と振動のパターンが、以前オペラが使用していた『振動発生装置』や、羅針盤、歯車から得られたデータと驚くほど一致していることを発見したのだ。


 彼女の工房のモニターには、過去のデータと現在のデータが重なり合い、不穏な一致を示している。これは偶然ではない、オペラが仕掛けた次なる罠なのだと直感した。


「これだわ……オペラが狙っているのは、ただの古文書じゃない。この電磁波と振動、まるで特定の周波数を狙って発しているみたい。これは……共鳴現象よ!」


 アメリアは、興奮を抑えきれない様子で、次なる手を打つ。彼女の瞳は知的な輝きに満ちていた。彼女は、より高性能で精密な「指向性電磁波発生装置」を開発し、その発生源を正確に特定しようとする。


 彼女の指先は、複雑な回路図の上を迷いなく素早く走る。ドライバーを握る手は迷いなく、精密な部品を正確な位置にはめ込んでいく。ルナも隣で、必要な工具を手渡したり、配線を繋いだりと迅速にサポートしていた。


 二人の間には、言葉を交わさずとも通じ合う、深い信頼関係があった。ルナはアメリアの指示を先読みし、必要なものを的確に差し出す。工房内は電磁波の不穏な波動に満ちていたが、アメリアの集中力は揺るがなかった。


 彼女は、目の前の機械とデータの中に、オペラの意図を見いだそうとしていた。


「ルナさん、これまでの振動データと電磁波データをすべて同期させて。共鳴している周波数を絞り込むわ!」


「はいっ!アメリア様!」


 ルナはテキパキとデータを入力し、モニターに新たなグラフが表示される。無数のデータの中から、共通するパターンが浮かび上がってくる。アメリアは、そのパターンに目を凝らす。


「やはり……特定の規則性がある。これは、まるで音波のように、固有の振動を発生させている。魔法省の構造そのものに共鳴を起こしているのよ」


 彼女の思考は、既にオペラの狙いを遥かに先読みしていた。装置の最終調整中、アメリアが誤って出力を上げすぎてしまい、工房中の金属製品が吸い寄せられる。ペン立てや工具、さらにはルナが持っていたスプーンまでが、装置の中心へと吸い寄せられていく。金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、工房は一瞬にしてカオスと化した。ルナの頭にまでペンが吸い寄せられ、まるでハリネズミのようになった。


「うわわわ!アメリア様、またですか!?ひっぱられる〜!」


 ルナは慌てて装置の電源を抜こうとするが、強烈な電磁波の力で体が引っ張られてしまい、よろめく。彼女の悲鳴が工房に響き渡るが、アメリアはまるで聞こえていないかのように、目の前の調整に集中している。


 彼女の眼差しは、一点の曇りもなく、装置のメーターに固定されていた。どんな騒動もアメリアの集中力を乱すことはできなかった。


 彼女の頭の中には、ただ一点、地下からの共鳴の源を特定することだけがあった。ルナがどうにか手を伸ばし、ガツン、と大きな音を立てて抜くと金属製品は床に音を立てて落ちた。


「あ。ご、ごめんなさい、ルナさん!でも、これで完璧よ!」


 アメリアは、ようやくルナに顔を向け、少しだけはにかんだ。


 やがて、アメリアの指先がピタリと止まる。そして、モニターに表示されたデータが、魔法省の地下からの共鳴が最も強い一点を正確に指し示した。その座標は、これまで魔法省の地図には載っていなかった、未知の領域を示していた。


「ここよ!地下のこの一点が、すべての震源地!」


 アメリアの声は、周囲の騒音にもかき消されない、確かな響きを持っていた。彼女の目には、オペラの仕掛けた巧妙な罠の全貌が、少しずつ見え始めていたのだ。


 この地下からの共鳴は、単なる攪乱ではない。オペラが「世界樹の根の記述」を狙うための、壮大な仕掛けの一部に過ぎないのだと、アメリアは確信する。そして、彼女の科学的思考が、魔法では解き明かせない謎の核心へと迫っていた。

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