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第19話 最後の希望



 アメリアの沈黙は、地下室に重くのしかかった。ルナは未だ恐怖に震えながらも、アメリアのローブを握りしめ、その表情を不安げに見つめている。ガウス警部は、静かにオペラを警戒しながらも、アメリアの決断を待っていた。セドリックもまたアメリアの隣で固唾を飲んでいる。


 オペラは、アメリアの葛藤を見透かしているかのように、静かにその場に立っていた。彼女の仮面の下の瞳は、アメリアの心の内側を深く探っているかのようだった。


「アメリア・フォン・アスタータ嬢。貴女は真実を求める科学者であるはず。目の前にある科学的な現象を、見過ごすつもり?魔法省は、真実を隠蔽し、民衆を欺いてきた。その事実を、貴女の科学の力で暴き出すことこそが、貴女の使命よ!」


 アメリアの脳裏に、これまでの研究の日々がフラッシュバックする。彼女は常に、未解明な現象の奥に潜む真理を追い求めてきた。科学者としての探求心は、彼女の存在意義そのものだった。しかし、その探求が、無関係な人々の命を危険に晒すことになればそれは果たして正しい選択なのだろうか?


「オペラ……貴女の痛みは理解できるわ。しかし、この扉が完全に開いてしまったら、何が起こるか……誰も予測できない。この街の安全を無視して、真実を暴くことが、本当に正しいとは思わないわ」


「真実を知ることなく、同じ過ちを繰り返すことこそが、最も恐ろしいことよ!この扉の存在は、魔法と科学が交錯する、新たな時代の始まりを告げるものになる!貴女の科学の力で、それを証明するの!それが、未来への一歩となる!」


 アメリアは、ふとルナの震える手を見た。ルナは、この地下室に足を踏み入れた時からずっと恐怖に怯えている。彼女のような人々が、この真実を受け止める準備ができているのだろうか?そして、その真実を暴いた結果、人々の生活はどうなってしまうのだろうか?


 アメリアは、深く息を吸い込んだ。彼女の科学的な頭脳は、この難題に対する最適な答えを導き出そうと、フル回転を始める。オペラの言葉、そしてルナの恐怖、その全て受け止めようとしていた。


「魔法省は、何世紀にもわたり、真実を隠蔽し、自らの権力を守ってきた。時間を与えれば再び、この『異界の扉』の存在を闇に葬り去ろうとする!あいつらは常にそうしてきたんだから!私が望むのは、全てを白日の下に晒すこと。それ以外に、真実を歪められずに伝える方法はない」


 その言葉は、過去の裏切りと絶望が深く刻まれているかのようだった。オペラの言葉は、アメリアの胸に重く響いた。オペラの悲しみと、その悲しみから生まれた強固な信念に抗うことができないことを悟った。真実を求めるオペラの行動は、過激であると同時に、彼女なりの正義に基づいている。


 アメリアは、大きく息を吸い込み、地下室に響き渡る振動音の中で、オペラに視線を向けた。彼女の脳裏には、魔法都市の未来と、過去の悲劇に囚われたオペラの姿が交錯する。科学者としての使命と、街の安全……


 その時、地下室を満たす低周波音が、次第に不快な共鳴を引き起こし始めた。オペラの『振動発生装置』を中心に、盗まれたアイテムと活性化した結晶体が共鳴し合い、そのエネルギーは増幅の一途を辿っていた。


 床の亀裂は広がり、壁の古代文字はこれまで以上に強く、禍々しい光を放ち始めた。そして、空間の中央、台座の上にぼんやりとした歪みが現れ始めた。それは、隠蔽されていた「異界の扉の痕跡」が、オペラの装置によって徐々にその姿を現し始めた証だった。


 歪みは徐々に大きくなり、まるで水面に石を投げ入れた時のように、周囲の空間を揺るがしていく。その中心部は、深い闇のように見え、吸い込まれるような不気味さを湛えていた。セドリックが思わず息を呑む。


「あれが……異界の扉……!」


 扉が僅かに開かれ始めた瞬間、これまで感じていた微弱な振動とは比較にならないほどの、強烈な時間歪曲の力が地下室全体に溢れ出した。肌を粟立たせるような、不快な感覚が全身を駆け巡る。


 時間の流れが不規則になり始めたのか、周囲の音が途切れ途切れに聞こえたり、一瞬静止したように感じられたりする。ルナは悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、アメリアの腕にしがみついた。ガウス警部も、その尋常ではない事態に、眉を深く顰め周囲を警戒していた。


 オペラの「光る眼」は、その開かれ始めた扉を、恍惚とした表情で見つめていた。彼女にとって、これは長年の悲願であり、失われた過去への扉が開かれる瞬間なのだ。


「ついに……ついに……!」


 オペラの声は、震えていたが、その奥には抑えきれない喜びと興奮が感じられた。


 アメリアは、その光景を食い入るように見つめていた。彼女の科学者としての直感が、この扉の向こうに何が待ち受けているのか、想像もつかない危険な何かが存在することを告げていた。


『街を守らなければならない』


 過去の悲劇を繰り返させてはならない。オペラの悲痛な願いは理解できる。しかし、このまま扉が開けば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。


「時間が……ないわ!」


 アメリアは、そう呟くと同時に、背負っていた鞄から、銀色のケースを取り出した。その中には、最悪の事態に対応するために開発を進めていた「時間磁場安定化装置のプロトタイプ」が収められている。それは、オペラの時間歪曲の力を封じ、異界の扉を再び閉ざすための最後の希望だった。

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