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第18話 科学と倫理の狭間



 そして予告状が示す日、夜、魔法研究所の地下深く重厚な扉の向こうに目的の場所はあった。アメリア、ルナ、ガウス警部、そしてセドリックは、その扉の前に立っていた。


 扉からは複雑な魔法陣の波動が感じられ、幾重にも張り巡らされたセキュリティが彼らの侵入を阻んでいた。


「まったく……ここを破れる者はいないと聞くが、まさかここまでとはな……」


 セドリックが額の汗を拭いながらつぶやいた。彼の指先からは、淡い光が放たれ、複雑な魔法陣の構成を解析し解除の魔法を使用していく。


 そんな時、アメリアは鞄から、掌サイズの奇妙な装置を取り出した。それは精密に組み上げられた金属とクリスタルの塊で、表面には無数の細いコードが走っている。


「アメリア様。それは?」


「これ?これは『魔力中和解除レーザーガン』よ。私が理論を組み立て、試行錯誤の末に完成させた、魔法陣や防御魔法の魔力周波数を解析し、それを照射して中和する装置よ」


「ほう、随分と自信がおありのようだな」


「まぁ、セドリック探偵の解析がなければ、この装置もただのガラクタ。周波数が少しでもずれたら、セキュリティが暴走して、私たちは魔法の渦に飲み込まれてしまうから。だからセドリック探偵の魔法で魔法陣の構造を解析してもらって、そのデータに基づいて、この装置から特定の電磁波を照射する。そうすれば、魔法陣のバランスを崩してセキュリティを一時的に無効化できる」


「私の解除魔法だけで十分だが?」


 そんなやり取りをし、ルナとガウス警部が固唾を呑んで見守る中、セドリックの指先から放たれる解除魔法が、扉に刻まれた魔法陣の一つを揺るがした。同時に、アメリアが操作する装置から高周波の電磁波が放たれ、魔法陣のエネルギーを中和していく。


 それは、まさに科学と魔法の融合が織りなす繊細な共同作業だった。


「よし、一つ目解除成功だ!」


 セドリックの声に、わずかな達成感が滲む。しかし、扉の奥には、さらに強固な魔法陣が幾重にも待ち構えていた。


 そのまま二つ目、三つ目と、次々に魔法陣が解除されていく。セドリックの解除魔法が魔法陣の構造を解体し、アメリアの魔力中和解除レーザーガンがその魔力を霧散させる。その連携は、まるで熟練のオーケストラのようだった。


「セドリック探偵、もう少し右に。その魔法陣、少しだけ位相がずれてるわ」


「言われなくてもわかっている。しかし……私の魔法とここまで連動するとは」


 セドリックは、感嘆の声を漏らしたが、まだ完全に認めたわけではないというように、どこか皮肉めいた響きがあった。


 そして、最後の魔法陣が解除された時、重厚な扉がゆっくりと内側に開いた。地下室の奥は、薄暗く、空気が重く澱んでいたその空間の中央に、一人の人物が静かに立っていた。


 オペラだった。


 彼女は、静かに、アメリアたちを迎えた。その表情は読み取れないが、深い底知れない力がそこにはあった。


「よく来たわね、アメリア」


 その地下室の奥で、オペラはこれまでに盗み出した全てのアイテム――羅針盤、歯車――を、活性化した結晶体の周囲に配置していた。部屋の中央には、見たこともない複雑な文様が描かれた台座があり、その上にそれらのアイテムが正確な配置で置かれている。そして、彼女自身の『振動発生装置』が、独特の低周波音を響かせ始める。


 それは、科学技術に基づいた装置でありながら、空間そのものを歪ませるほどの力を秘めていた。地下室全体が、微かに、しかし確実に振動し始める。その振動は、ただの揺れではなく、空間の奥底に眠る何かを目覚めさせようとしているかのようだった。


「時間ね?外は綺麗な鐘の音が聞こえているでしょうね?」


 するとオペラの装置から放たれる振動が地下室の空間を震わせ、隠蔽されてきた「異界の扉の痕跡」を顕現させようとしていた。巨大なエネルギーが地下室を満たし、壁に古代の紋様がぼんやりと浮かび上がる。


 そのエネルギーは強大で、地下室全体が不安定に揺れ動く。床には不気味な亀裂が走り、天井からは埃が舞い落ちる。空間のひずみが肉眼でも確認できるほどになり、耳鳴りが響き渡る。ルナは恐怖に顔を歪め、アメリアのローブを強く掴んだ。


「アメリア様、すごい力……!体が震える……!」


 ルナが恐怖に目を閉じアメリアにしがみつく。その震えは、ルナの体だけでなく、地下室にいる全員の心に伝播していた。ガウス警部もまた、そのただならぬ気配に息を呑み、静かに警戒態勢をとっていた。


「結晶体の記憶は見てくれたかしらアメリア?」


「ええ……」


「なら、私がその時、何を見たのか真実を話してあげるわ」


 オペラは、この混沌とした空間の中心で、静かに語り始めた。仮面の下の瞳に悲しみを宿しながら、彼女は自らの幼少期の悲劇――「時間に関する事故」の全貌を明かす。


 家族を失った経緯、そして魔法省がその全てを隠蔽し、さらには「異界の扉」が魔法の領域を超える科学的な現象と結びついている事実を闇に葬り去ろうとしたことを、感情を抑えながらも、しかし切々と語る。


 その声は、静かでありながらも、聴く者の心を強く揺さぶる響きを持っていた。言葉の端々からは、過去への深い後悔と、真実を求める強い意志が滲み出ていた。


「このままでは、いつか過去の悲劇が再び起こる。魔法省は真実を隠し、同じ過ちを繰り返そうとしている!私は、その真実を人々に知らしめるために全てを暴き出す!」


 彼女の言葉は、怒りよりも深い悲しみと、そして揺るぎない決意に満ちていた。彼女の「光る眼」は、まるで真実そのものを映し出そうとしているかのようだった。


 その瞳の奥には、失われた過去への哀惜と、未来への強い願いが同居しているように見えた。それは、彼女がどれほどの苦悩を経てこの場所に立っているのかを物語っていた。


 オペラは、顕現しかけている「異界の扉の痕跡」を指し示し、アメリアに問いかけた。その声には、深い信頼と微かな期待が込められているように聞こえる。彼女の視線は、アメリアの奥にある科学者としての魂を見透かしているかのようだった。


「アメリア・フォン・アスタータ嬢。貴女の科学の力で、この真実を完全に証明して見せなさい!そして、この隠された扉を、魔法社会の目の前に示して見せなさい!それが、この世界の目を覚ます唯一の方法よ!」


 アメリアの心の中で、二つの重い選択肢が激しく交錯する。科学者としての真実探求の使命。それは、彼女の存在意義そのものだ。目の前にある「異界の扉の痕跡」を完全に顕現させれば、長きにわたり隠蔽されてきた魔法省の闇を暴き、世界に真実を示すことができる。


 しかし、オペラの過激な行動が招く街への甚大な影響――「異界の扉」が完全に開けば、何が起こるか分からない。最悪の場合、この魔法研究所だけでなく、魔法都市全体が取り返しのつかない事態になる可能性だってある。この街に住む全ての人の安全が、アメリアの選択にかかっていた。


 真実を暴くべきか?


それとも街の安全を優先すべきか?


 アメリアの脳裏には、過去の悲劇に苦しむオペラの姿と、混乱に陥る魔法都市の未来が同時に浮かび上がっていた。彼女は、科学と倫理の狭間で、究極の選択を迫られていた。

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