フェスの喧騒がひと段落し、夜の静けさが町を包み込んでいた。
ナナちゃんはベンチに座りながら、空を見上げていた。
まるで何かを照らすように、星がひとつずつ瞬いている。
「……終わったんだね」
そう呟くと、となりの花バァが、ホッカイロをぽんとナナちゃんの手に渡してくる。
「いや、始まったんだろ。ここからだよ、町が光るのは」
そう言って、花バァは口元を緩めた。
その手には、例のサングラス三枚重ね。
しかし今は、すべて外して膝に置いてある。
「……オーラがね、さっきからずっと淡く出てんだよ」
「誰の?」
「みんなのさ。町中の人間が、ちょっとずつ虹色になってる。まったく、見てらんないくらいキラキラしてんの」
ナナは苦笑する。
「そんなに?」
「そんなに」
──ピンク、青、緑、金、白、赤、オレンジ、紫。
どれもが強すぎず、でも確かにそこにある。
“本物”を選んだ人たちが、自分の色で町を染めていっている。
そこには色んな感情が合って、一つたりとも不要な感情はない。
「ねぇ、おばぁちゃん…一つ聞いていい?」
ナナは少し迷ってから、続けた。
「わたし……何か変われたかな?」
花バァは首をすくめた。
「さぁねぇ。でも、変わったように見えるのは、変わった証拠じゃないかい」
「そんなもんかな」
「そんなもんさ。変わるってのは、“ちゃんと悩んで選ぶ”ってことだよ。そんで、選んだ色で自分を照らすってこと」
ナナちゃんは目を伏せて、それからゆっくり頷いた。
(──わたしは、わたしの色で行くんだ)
そのとき、遠くから声がした。
「お〜い! ナナちゃーん、ババァ〜!」
走ってくる足音。ハルトだった。
「みんなでラストに集合写真撮ろうってさ! 今、カメラ用意してて──って、うわ、なにその星空!」
3人の頭上には、夜空いっぱいに広がる光の帯があった。
まるでフェスの最後を祝うかのように、虹色のオーラが天へとのぼり、星と混ざり合って揺れている。
「すっげぇ!……これ、マジで撮らなきゃ……!」
ハルトはスマホを掲げながら、カメラを向ける。
「よっしゃ、配信ラストカット! せーの──」
シャッターの音。
その瞬間、ナナちゃんはふと気づいた。
──光ってるのは、星だけじゃなかった。
花バァの横顔。ハルトの瞳。
町並みの灯り。シャッターを開けた店の中。
そこにいるみんなが、心の奥で何かを“信じた人”の光で、照らしあっていた。
「……ねぇ、おばぁちゃん」
「ん?」
「来年も、フェスやるよね?」
花バァはおもむろに立ち上がり、竹箒を肩に担いだ。
「そりゃ、あたりまえさ。
でも“本物”にこだわらず、“ほんとう”を楽しむフェスにしようじゃないか」
ナナちゃんは笑った。
その笑顔は──まぎれもなく、誰かのオーラになるような笑顔だった。
夜空の虹は、まだ揺れていた。
そして──
彩海町の星光石フェスは、“ほんとうのキラキラ”を知った人々によって、翌年も開催されたという。
今では──町のあちこちに、ちょっとおかしくて、でも優しい光が灯っている。
それぞれが、自分だけの色で、誰かを照らしている。
どこまでも、自由に。
どこまでも、キラキラと。