あたしはパパとママみたいな真実の愛を育みたい。
「あ?このあたしに婚約者?9歳のあたしに?SNSに投稿したらバズりそうな楽しい話題ねぇ」
畳の匂いは好きだ。い草の匂いや感触はささくれだったあたしの心を癒してくれる。壁にかかった達筆なくせに大した内容が書かれていない掛け軸も、これ見よがしに置かれた無骨で重そうな甲冑も、ちょっと触っただけで簡単に貫けそうな薄っぺらい障子も……この和室はあたしの好みだ……ただ一つ、あたしの目の前に座っている実の祖父を除いては。
あたしは和室の和の雰囲気を切り裂くような鋭い視線を放つ。
「あら?お爺ちゃんにはSNSなんて難しかったかしら?ごめんなさいね、あたしは今を生きてるガキなもんで」
あたしの嫌味にも眉一つ動かさずに孫に向けるには到底そぐわない色のない視線をぶつけてくる老害……もとい花染國彦は世界一の武器である情報を集めることに長けている探偵一家、花染家の現当主だ。
そしてあたしはそんなくだらないことがご自慢の花染家で歴代一と謳われる圧倒的な才能をもって産まれてしまった可哀相な9歳の女の子である。
「で、政略結婚?それともあたし以上の逸材を作ろうとこっそり画策しているおじいちゃんのお眼鏡にかなった能力の高い殿方なのかしら?世界を牛耳るに相応しい才能と器を持った男の子が生まれるといいわねぇ」
まただ、実の孫であるあたしが不遜な口調で喋っているというのに少しも動じていない。血の繋がりを情ではなく、立場としか考えていないのだ。
「お前は嫌か?」
「嫌じゃない理由を探す方が難しいわ。こちとら恋に恋するお年頃、どこの馬の骨ともしれない野郎とくっつけられるなんてまっぴらごめんね。
それにこんな可憐なロリっ子の婚約者になろうなんてロリコン野郎と結婚なんて気色が悪いと思わないかしら?」
「それなら安心しろ」
「何が?」
「そいつはお前と同い年の男だからだ」
「同い年の男?」
………この爺さんの眼鏡にかなう様な男が同年代にいたかしら?
「同い年だろうとなんだろうとあたしの意思は変わらないわ。あたしは自由恋愛しか認めないもの」
「お前には無理だ」
絶対零度よりも冷たい視線と口調があたしを貫いた。
「お前は人を愛するなんて無駄なことが出来ない……そんなことは俺以上にお前自身が分かっているはずだ」
「……五月蠅いわよ」
「家族を愛しているふりをするのが限界、恋なんてできるはずもない。お前は決して手に入らぬものに焦がれているだけに過ぎない」
「…黙れって言ってるのが聞こえないのかしら?それとも痴呆?
どっちにしてもあんたの戯言にも、あたしの意思を無視した婚約にも付き合うつもりはないわ」
「お前にとっても益になる話だぞ。くだらない憧れなぞ捨てろ」
こいつに怒りの感情をぶつけても意味はない……涙ながらに懇願したとしてもやはり意味はないだろう。
だが、これだけは言っておかないと腹の虫がおさまらない。
「ガキが憧れを持たなくなったらお終いでしょうよ、耄碌爺」
あたしは力いっぱい扉を開けた。そして音を鳴り響かせながら閉める。
「あたしは絶対にパパとママみたいに幸せな家庭を築いてみせる。その暁にはあんたの大事な花染家をぶっ潰してあげるわ」
肩まで伸ばしたバラ色の髪の毛と、琴をあしらった髪飾り、そして何より小生意気な雰囲気を携えた少女、
だから、彼女はそれを知りたいと思っている。
自分には幸せな家庭を作ることができないと確信していながら……それでも知りたいと心から思っているのだ。
そんな夢邦に声をかけるものがいた。
「夢邦ちゃん、相も変わらず反抗期みたいだね」
「あら、幸充叔父さん……相変わらず貴方はこんなどうしようもない家のことが好きみたいね。花染家の紋章なんて趣味の悪いもん服につけているなんて」
薄っぺらい笑顔に見た目だけはダンディな髭を付けた顔面。高い身長を動きやすいジャージで包み込んだ叔父さんの胸には花染家の紋章がデカデカとついている。
「趣味が悪いなんて酷いなぁ……僕は結構気に入ってるんだけど。ほら、この花の模様とか最高にクールだと思わない?
それで?親父に何を言われたの?」
探りを入れている?てっきりこの二人は組んでいると思っていたけれど…まぁいいわ。
「取り留めもない話よ。それより叔父さん、花染家を愛するのも結構だけどそんな執心しないことね」
宙で手を開き、叔父さんお気に入りの花染家の紋章の前で手を強く握る。
「あたしがぶっ潰すんだから。中年になってからの転職は辛いわよ、先のない探偵の仕事なんかより他のスキルを身につけておくことね。それともプライド捨てて同業他社に雇ってもらう方がお好みかしら?」
「ったくもう……僕は好きになってもらいたいんだけどなぁ……どうしてそう言うことを言うの?」
「あたしの趣味にあわないのよ、何から何までね」
「君ほど花染家に合っている才能の持ち主はいないのに……残念だよ」
叔父さんはさして興味もなさそうに首を振った。あたしの性格をしっかり分かっているようで嬉しいわ。
「人生の先輩としてアドバイスだ、そんな心構えじゃいずれ手痛い目に遭うよ」
ふんっ…手痛い目?あんたらと話しているこの時間が十分に苦痛よ。
「…ま、忠告は心の隅に置いといてあげるわ…そしてそんな叔父さんに可愛い少女から純粋な言葉をあげましょう」
あたしはイチゴオレを取り出して喉に通した。
「やれるもんならやってみなさい」
「やれやれ、強情な子だ。君の旦那さんになる人は大変そうだねぇ」
ぼそりと、まるで口からこぼれるような一言だった。
ふーん………なるほどね。
「愛があれば何とでもなるわよ」
「あればね」
はっ、こんなのがママのお兄ちゃんだって言うんだからDNAって不思議よね…
まぁあたしとお姉ちゃんの違いの方がよっぽどおかしいか……