あたしは9歳だけど探偵をしている。ついでにパパが忍者なので忍者の真似事も少々。
國彦爺さんはあたしの才能を産まれたばかりのあたしを見た時から見抜いていたらしく、幼い頃から探偵のいろはは教え込まれていた。決定的になったのは6歳の頃、当時未解決事件として花染家を悩ませていたとある事件をあたしが解決したことだ。まぁ、あたしに言わせれば単なる内ゲバだ。
内容もなんともありきたりなもの……あたし達の祖母である花染文芳の死の真相について…その犯人を見つけてあげただけである。
脳みそが小さじ一杯くらいしか入っていないであろう頭の固い大人共は、賢く聡い自分たちが分からなかった事件をあたしが解いたことで、あたしの力を認め探偵として働くことを許可した…それから3年間、あたしは色んな闇を見てきた、色んなゴミを見てきた、色んな絶望を見てきた。そして希望を見てきた。
ただ、どれもこれもがあたしの心を動かしもしないつまらないものだった。激情に駆られ婚約者を殺した青年にも、命を懸けて愛しい人の復讐計画を実行した老婆にも、いなくなった愛犬が見つかった時の6歳の少年の笑顔にも、あたしの心は動かなかった。
あたしには人として大切なものが欠けているんでしょう……まぁ写真とは言え実の祖母の死体を見ても何にも思わなかった女だもの。
「夢邦どうしたの?なんだか難しい顔してるけど」
「何でもないわよお姉ちゃん、ちょっと考えごとをしていただけ」
お姉ちゃんはあんなに泣いていたのに……
「ふーん、悩みがあったら何でも私に言ってね。なんて言ったって私は夢邦のお姉ちゃんなんだから!!」
鼻から息を出しながらしたり顔をしている濃い桜色の髪をした少女は、あたしの双子の姉である花染琴流。あたしと違い、とっても可愛らしい女の子で、全世界の癒しとなり得る存在である。
あたしたちは9歳の小学生、当然義務教育を受けている最中であるのだから小学校に通っている…昼休みを終えた今、あたしたちは体育の着替えをするために更衣室に向かっているところだ。
「今日はドッジボールなんだって!!私バンバン当てるから、それだけじゃないよ、蝶のように舞いながら逃げまくりもするから見ててね!!」
「ええ、お姉ちゃんの八面六臂の活躍、楽しみにしてるわ」
「……はちめんろっぴ?」
「お姉ちゃんの大活躍を楽しみにしてるわ」
「うんっ!!カッコいいところ見せちゃうよ!!」
ふふふ、可愛いわ。
そして更衣室に入ったと同時にあたしの肌に嫌なものが刺さる感覚がした……ったく、感覚が鋭いってのも良し悪しよね。
「ああ…ついにこの学校にもでたか」
「え?何がでたの?虫?」
「ああ、お姉ちゃんが気にすることじゃないわ。それよりお姉ちゃん、ちょっとこっちに来て」
「え?なんで?」
「良いからいいから、お姉ちゃんがこっちで着替えるところを見てみたくなったのよ」
「なにそれ、夢邦ったらおかしい~~」
クスクスと無邪気に笑うお姉ちゃんに笑みを返しながらあたしは心の中で深いため息をついた。
欲望に脳みそをおかされた人間ってのはどこにでもいるもんよね…
「そうだ、夢邦知ってる?来週私たちのクラスに転校生が来るんだってさ!!」
「へーそうなの。知らなかったわ」
転校生か……まともな奴だったらいいけれど。
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下校のチャイムがなり、小学生たちの暖かくて賑やかな声がすっかりなくなった夕方のことだ。小学生女子の甘い匂いもすっかりなくなった不愛想な更衣室のとある棚の少し高いところに手を伸ばしているジャージ姿の男性がいた。ゴソゴソと手を動かして、隠していたカメラを手にする。
目的のものを手に入れたのだから早々に出ていけばいいものを早く己の欲を満たしたいのか期待に胸を膨らませた顔でカメラを覗き込んだ。
「ったく、犬でも待てくらいできるわよ」
「!!??」
ロッカーの横に隠れていたあたしがスマホをちらつかせながら姿を見せると、ジャージ男…去年からこの葉船小学校で勤務している由利原先生が目を真ん丸とさせる。
「ああ、嫌だ嫌だ。あんたみたいなのがいるから小学校教諭はロリコンだのショタコンだの謂れもない誹謗中傷を受けることになるのよ……聖職者である自覚はどこにやったのよ」
「おまっ……誰だ?」
「誰もひったくれもないでしょう。この顔と体躯を見て分からない?あんたの盗撮に気づいた愛すべき生徒よ。あっ、欲情すべき生徒の間違いだったかしら?」
あたしには昔から不思議な体質がある。自分でも理屈は分からないが、隠されたカメラの視線も、人の視線と同じように肌で感じ取ることが出来るのである。先ほどこの更衣室に入った途端に気持ち悪い念がこもった視線に気が付いたのだ。
「現行犯抑えたわよ。教育委員会にチクられたくなかったら……」
由利原は、会話のキャッチボールをする様子もなく火矢の如くあたしのスマホを取りに襲い掛かってきた。それをひらりとかわしてやると、すぐさま次の矢が飛んでくる。
「とっとっと……ちょっと、仮にも先生なら威厳ってものを見せなさいよ。生徒からの好感度が低いとクラスカースト低くなるわよ。先生の制御がきかなくなったら学級崩壊一直線ってことを……」
「五月蠅い!!!!」
どうやら会話をする余裕もなくなってしまっているらしい。ますますつまんない奴ね。とは言え9歳の女の子が大の大人の本気の攻撃をそう何度もかわせるわけもないし……困ったわねぇ。
「人間こうなったらお終いよね」
まぁ、そんな終わった人間なんていくらでも見てきたんだけどね。
「誰にも迷惑をかけていないのに!!お前さえ気づかなければ皆幸せでいられたんだぞ!!この不良が!!!」
ほら、この利己的な鬼の形相も何度見てきたことか……怖さなんてもうすっかり感じない、微笑ましいほど滑稽にしか見えなくなっちゃったわよね。
「何にも聞いてないのに、自己弁護になってない自己弁護お疲れ様。耳が腐りそうになるようなとっても素敵なゴミ発言だったわ」
あたしの髪に脂ぎった指が当たって不愉快に揺れた、指輪の硬い感触が頬にかすかな痛みを与える……もう少し遊びたかったんだけど、しょうがないか。
「後はよろしくね」
バックステップで更衣室から出たのと入れ替わるようにあたしよりもずっと可愛らしい顔立ちの男の子が更衣室に入った。そして、突進してくる由利原の懐にするりと入り、ストレートを食らわせる。
「ぐぼぉっ!!!」
深々とめり込んだその一撃は、由利原から身体の自由をいともたやすく奪う。豚みたいな呻き声をだしながら倒れこんでいく様は滑稽としか言えないわね。
「ご苦労様」
「うう…早く離れようよ。女子更衣室にいるってなんかいい気分にならない」
たった今雄々しく畜生を倒したとは思えないほど居心地悪そうに口をすぼめた。
「あら、あんたなら女の子たちも気にしないと思うわよ。龍虎は人気あるしね」
「もー、からかわないでよむーちゃん!!」
紫色の髪をした彼の名前は闇堂龍虎、見た目は普通の少年なのに筋肉の密度が異常に高い特殊な体質の男の子であり、あたしの幼馴染兼ビジネスパートナーである。
あたしは倒れ伏した由利原の顔を軽く蹴る。
「お姉ちゃんの生着替えをカメラで撮ろうなんて絶対に許されないのよ。ボケ豚が」
ま、あたしが隠したから映っていないと思うけど、それでも映る可能性のある行為をしただけで万死に値するわよね。
すると由利原が弱々しく手を伸ばしてきた。すがるような視線をあたしの肌にこすりつけてくる。
「魔が差しただけなんだ…見逃してくれ」
…参ったわね。なんの感情も湧かない。
ため息を我慢しながらあたしは好物のイチゴオレを喉に流した。
「知ったこっちゃないわよ。欲に支配された奴は、どいつもこいつもみじめな末路を迎えればいいの」
由利原の左の薬指にハマっている指輪がくすんだ光を発していた。
あたしの結婚相手がもしこんな奴だったら………ゾッとするわね。
「愛を裏切ったバカは特にね」