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第3話 転校生『方丈縁和』

「どうしよう夢邦……私、私……」


 お姉ちゃんが私の部屋で顔を真っ赤にさせていた。とても可愛らしい様子なのにあたしの心には癒しが全くない。目から呑み込む情報が嫌な予感を掻き立てているのだ……そう、例えるならば戦場に行く直前に「この戦いが終わったら彼女に告白するの」と微笑む男のような…


「縁和くんのこと好きになっちゃった…」


 あたしの名前は花染夢邦…花染と言う家のことが大嫌いなので、普段は忍者の末裔である父方の姓である初川か、下の名前である夢邦で自分のことを呼べと皆に強制していることを除けばどこにでもいる探偵少女である。


 そんなあたしは今、最愛の姉からとんでもない告白を受けている。


「きっと、ママがパパに抱いている気持ちって……こんな感じなのかなって……あれ?夢邦?どうしたの?夢邦?」


「グバァッ!!」


「夢邦!?どうしたの急に!?具合悪いの!!??」


 あまりの衝撃に意識を失いかけながら何故こんなことになったのかを精いっぱい分析をする……そう、ことの始まりは数週間前のこと………あたしたちのクラスに方丈ほうじょう縁和えんわが転校してきたことから始まる。


~~~~~~~~~~~



 少し雲が出ているが、十分に晴れと言える清々しい日のこと、あたし達のクラスはいつもとは少し違ったざわめきで満ち満ちていた。


「むーちゃん、こっちゃん、今日転校生が来るんだってね」


「うんっ!!どんな子なのかなぁ、仲良くなれるといいんだけど。ほら、私の隣の席って空いてるし、きっと転校生がここに座るよね」


「お姉ちゃんならどんな奴でもすぐに仲良くなれるわよ。そう緊張しなくていいわ」


「え?そう?」


「こっちゃんは可愛くて優しいもん、仲良くなれない方がおかしいよ」


「えへへ。照れるよりゅーくん」


 龍虎とお姉ちゃんがまだ見ぬ転校生について語らっているのを頬杖をつきながら見ていた。


 転校生か……あの馬鹿爺が婚約者はあたしと同い年だと言っていたわよね。このタイミングでの転校生……きな臭いというか、出来すぎているというか……どうしても裏を感じてしまうわ。


 仮に転校してくるのがあたしの婚約者…少なくともあの爺さんの息のかかった奴だとすればその目的は何?まさかあたしを落として結婚をしたいと思わせる…なんて愚考な訳はないわよね……まぁいいわ、説を浮かべようと裏付けできないなら妄想と同じ。時間と思考力の無駄ね。


 そうしていると担任の宇賀町先生が入ってきた。手を叩いて自分に目線を向けさせる。


「はいはい、皆静かに~~。もうすっかり噂になっているからまどろっこしいことは抜きに早速入場していただきましょう」


 先生もどことなく楽しそうだ。先生に促されるがままに一人の男子が教室に入ってくる。身長も体格もクラスの男子たちに比べて突出して違うところはない、強いて言うならば少々筋肉は発達している程度だろうか。

少し辺りに気を配りながら普通に緊張しながら入ってきた、どこにでもいる普通の少年といったところだ。


「それじゃあ方丈くん、皆に挨拶して」


「はいっ」


 黒板に何故か赤いチョークで『方丈縁和』という自分の名前をデカデカと書いた。 


「方丈縁和です!!家の事情で変な時期に転校しましたが、仲良くしてください!好きなキャミモンはパルカーです!!」


 深々と頭を下げながらそう口にした。先生はやはりお姉ちゃんの隣の席に座るよう指示する。座った縁和に向けてお姉ちゃんは明るく微笑む。


「私の名前は花染琴流、こっちは妹の夢邦だよ。よろしくね縁和くん」


「ああ、よろしく」


 お姉ちゃんと縁和はさも当然のように握手を交わした。あたしの目が細くなるのが分かる。


 下衆の勘繰りなのは重々承知だが、あたしの脳裏に一つのことわざが過ぎったのである『将を射んとする者はまず馬を射よ』ってね。


 ~~~~~~~~~~~


 昼休み、あたしは龍虎を呼び出し校舎裏の木陰に座っていた。


「龍虎、あんたの目から見て縁和はどんな奴かしら?」


「ん?方丈くんのこと?そうだね、ちょっと気が強くって負けず嫌いみたいだけど、いたって普通の男の子だと思うよ」


「やっぱりあんたもそう見えたのね……龍虎、あんたにだけ言うけれどあたしこの前馬鹿爺から同い年の婚約者が出来たって言われたのよ」


「えっ!?まさか方丈くんが?」


「さぁ?確信はないわ。でもちょっと訝しいわよね……タイミングが良すぎるし……それに」


 懐からパパからもらったクナイを取り出し、近くにあった木の一つに投げつける。研ぎ澄ました切っ先が幹にめり込んだ。


「こんなところにまであたしを追ってくるなんて、どう考えてもおかしいわよね」


 木の影から縁和が出てきた。少しビビったようで腰が引けている。


「かくれんぼ中かしら?」


「何で俺がいるって分かった?」


 真っ先にでる言葉がそれじゃあ、僕は君を見張ってましたって言ってるようなもんよ。


「あたし人の気配を感じ取る力に長けてるのよね……で?なんでここに来たのかしら?」


「いや…そんな大した意味はなくって…なんか夢邦さん達が急にいなくなったから気になっただけだ」


「ふーん」


 わざと縁和に聞こえるように龍虎をここに呼んだんだけど……ここまで簡単に引っかかると逆にあの爺さんの手の者じゃないんじゃないかって思っちゃうわね…


「あっ、いたいた縁和くん!!一緒にドッジボールしようよ!!」


 次の手をどうしようかと思案している時、お姉ちゃんが手を挙げながら楽しそうにやってきた。あたし達を目にするとさらに嬉しそうに微笑む。


「夢邦、りゅーくん!!二人もどう?縁和くんの親睦会もかねてドッジボールしようよ!!」


「ええ良いわね。龍虎、手加減はちゃんとしなさいよ」


「分かってるって」


 あたしは縁和の肩を優しく叩いた。


「興がそれたし、楽しくドッジボールしましょう。でも貴方とはもっと親睦を深めたいから良かったら今日うちこない?」


「え?」


「あら?友達を家に呼ぶなんて当たり前のことでしょう。それとも会ったばかりの女の家に来るのは抵抗があるかしら」


「いや、行く。楽しそうじゃん」


「最高のイチゴオレを披露してあげるわ。楽しみにしてなさい」


 あくまで探りを入れるためだった……この誘いをしたことを後悔することになるなんて、この時のあたしはちっとも考えていなかったのである。


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