帰りの会が終わり、「ゲーム持っていくから」「昨日のキャミモンみた?」「んじゃ、また公園で」「後であの日見た桜の木の下に来てくれ……伝えたいことがあるんだ」など各々の会話をしながら帰路についていく。
「んじゃ、あたし達も行きましょうか縁和」
「ああ…夢邦さん」
ドギマギしているようだ。何と言うか、初々しいやつね。
「ん?縁和くん夢邦と一緒に帰るの?じゃあ私も帰る!!りゅーくんも一緒に帰ろ」
「えっ?花染さんも来るの?」
「あら?駄目かしら大体お姉ちゃんもあたしと同じ家に住んでるんだから変わりないでしょう」
「まぁそりゃそうだけど」
ふーん……
そうしてあたし達も帰路についた。その道中「喉乾いたからコンビニいこっ!!」とお姉ちゃんが鈴を転がしたような可愛らしい声で言ったのであたしたちは最近24時間営業を止めたコンビニに寄る。
「あっ、見てみてりゅーくん。抹茶オレ新しいの出てるよ。私これにする」
「え?本当だ!!僕も半分出すから一緒に飲もうよ」
「おお、グッドアイデア!!」
「え?同じの飲むのか?それ……間接キスになるんじゃ」
「お姉ちゃんも龍虎も今更そんなもん気にしないわよ…ったく、本当に初心な野郎ね…おっと、イチゴオレあった。あたしも一本買っとこうかしらね」
あたしがイチゴオレに手を伸ばしたまさにその時、肌に尖ったものが刺さるような感触がした……ったく、困ったもんよ。
「きゃぁぁぁぁ!!!!!!!!」
予想通り、甲高い女性の悲鳴…じゃなかった、細っこい身体をした高校生くらいの男性店員が平均的成人男性にナイフを突きつけられている。声高いやつね、声変わりまだ来てないのかしら?
「なっ!!??むーちゃんどうする?」
「ほっときなさい。人質もいるし、黙って金渡しときゃそそくさと帰るでしょ。後は優秀な日本のお巡りさんに任せとけばいいわ」
「でも」
何か言いたそうな龍虎を遮って言葉を紡ぐ。
「余計なリスクは負わない……これは命令よ」
「…はい」
目の前の犯罪をほったらかしにするのが良いことだとは思わない。ただ、無理に首を突っ込むことが良いことだとも思わない。後者に天秤が傾いている、それだけの話よ。
「そんなことしたらダメでしょ!!!」
え?お姉ちゃん?
「五月蠅い!!ガキは黙ってろ!!!」
しまった……あたしとしたことが………お姉ちゃんはあたしと違うんだった。
「黙らない!!それに店員さん怖がってるじゃん!!強盗も弱い者いじめも駄目!!」
不味い……犯人のやつ激高している。
「お姉ちゃん!!一歩下がって!!」
「え?なに?」
あたしの目にナイフを持った右手を振り下ろす動作が映った。咄嗟にクナイを取り出そうとするが、ワンテンポ遅れてしまった。これじゃあ間に合わない……
「お姉ちゃん!!」
「危ない花染!!」
お姉ちゃんの柔肌に凶刃が振り下ろされるその直前、縁和が強盗の腕に体当たりをした。そのおかげでお姉ちゃんは助かったのだが、縁和は商品棚に勢いよくぶつかる。
「っつ」
「縁和くん、大丈夫!!??」
「この……このガキどもぉぉ!!!」
こいつ…お姉ちゃんに今何をしようとした?あんな汚い刃を突き立てようとした?
殺そうとした??
「あたしのお姉ちゃんを?」
………ブチッ
あたしの中で決定的に大事なものがブチ切れた音が身体中にこだました。
~~~~~~~~~~~
肌に当たる空気が一段階冷えている……さっきまで猛っていた強盗も、怯えていた店員さんも、身体を固めて様子を伺っている…何の様子をかって?僕の幼馴染であり、今最高潮にキレているむーちゃんだよ。
「あんた、誰に手を出そうとしたのか分かってんの?」
とても9歳の女の子が出しているとは思えない恐ろしいほどに静かで、だけどドスの利いた声色が空間を侵食していく……
「な……なんだお前?」
荒々しいわけではない、だけどとてつもなく激しい怒りを秘めた瞳を強盗にぶつけていた……不味い…このままじゃとっても不味い……
「あんたみたいな不潔な木っ端が手を出していい相手じゃないのよ」
むーちゃんはどんな罵詈雑言を浴びようと、下劣な罠に落とされようと、なんなら命を狙われようと取り乱すことはない。まだ小学生なのに怖いくらいに完成された精神性の持ち主だ……ただ一つの穴、家族に手を出されることを除いたなら。
キレたむーちゃんはこの世の誰より何をしでかしてもおかしくない。今この場で惨殺ショーをする可能性だって……
嫌な汗が全身から流れる。
「万死じゃ足りないわ、考えられる拷問全部試した後に、無限回殺してあげる」
「う…五月蠅い、黙れ!!」
「まずは一回目」
クナイをアキレス腱に投げようとしたむーちゃんが目に映ったのとほとんど同時に僕は全身の筋肉を躍動させて、ジェット機のごとく二人の間に割って入る。
「むーちゃん、タンマ!!」
そのまま強盗の腹に蹴りを入れた、体勢を崩し僕の手が届く高さになったと同時に顎に向けてアッパーを食らわせる。強盗は綺麗な弧を描いて棚にぶつかった。
「あっあっ!!…」
これでよし、多分意識は当分戻らない…と言うわけで。
むーちゃんと、方丈くん、そしてこっちゃんを掴み、慌てて1000円札を置いて外に出ていった。
「お釣りいりません!!お騒がせしてすいませんでした!!!」
疾風とはこの時の僕のことを言うのだろう。そしてしばらくたってから足を止める。
「はぁはぁ……」
「縁和くん、大丈夫?ねぇ大丈夫?」
「ああ、俺は平気だ……にしても凄いな…えっと、りゅーくん?」
「ああうん。まぁね」
とりあえず二人は大丈夫そうだ……問題は。
恐る恐るむーちゃんの顔を伺う…
「安心しなさい龍虎、あたしはとっくに冷静よ」
ほぉっと胸をなでおろす。良かった……むーちゃんが怒髪天のままだったらこれからどうなっていたか……考えるだけで悍ましい。
そう思っているとむーちゃんが方丈くんの下に向かい、深々と頭を下げた。
「縁和、お姉ちゃんを守ってくれてありがとう」
「うんっ。本当にありがとう縁和くん!!」
「はっ、気にするな……困った時はお互い様だろ」
あのプライドの高いむーちゃんが頭を下げるのを見て呆気に取られてしまった。ただ、気づけば僕の顔は笑っていたのだった。
それからしばらくしてむーちゃんがスマホを操作していた。何をしているのかと聞いてみると。
「まだファラリスの雄牛やアイアンメイデンを持ってなかったなぁって思っただけよ」
拷問器具……
僕は何に使う予定なのかを聞くことが出来なかった。