「縁和くん、牛乳とパンケーキミックスと卵を入れてボウルから出ないように慎重に、でも大胆に回すの。グールグールグールグールって」
「えっと……こんな感じか?」
「そうそう、上手だよ!!」
我が家のキッチンでお姉ちゃんと縁和が仲良くパンケーキを作っている。あたしはそんな二人のやりとりに聞き耳を立てながらソファに座っていた。横には何を考えているのか緊張した様子の龍虎がいる。
「そんなにかしこまらなくていいのよ。もうとっくに冷静になってるって言ったでしょう」
「でも…拷問器具………」
「いざって時の為に必要になるかなって思っただけよ。それよりいくつか話しておきたいことがあるんだけどいいかしら?」
「うん、それはもちろん良いんだけど………僕、拷問するのは苦手で……されるのは訓練してるんだけど」
龍虎は元々とある殺し屋組織に所属していた。言うまでもなくイリーガル極まりない組織だったのであたしが龍虎を引き抜いた後にぶっ潰しておいたんだけど、組織時代の言動がまだ抜けきっていないのは考え物ね。日常生活で出なければいいんだけど。
「拷問については忘れなさい。それよりあの縁和のことなんだけど、敵って確定したわ」
「え!?」
「声を抑えなさい。お姉ちゃんに聞こえちゃ困るわ」
「ご…ごめんなさい。それよりなんで確定したの?」
「今日一日過ごしてきておかしなことに気づかなかった?」
「ん?」
この注意力の弱さも少し困りものね…まぁいいわ。そこはあたしが補えばいいんだし。
「あいつ、あたしのことは夢邦さんって呼ぶくせに、お姉ちゃんのことは花染さんって呼ぶのよ」
「ん?そうだったっけ?」
「そうだったのよ。あたしみたいな性格の悪さがにじみ出ているガキ相手に下の名前を呼ぶくせに、人の良さが天元突破してるお姉ちゃんのことを名字で呼ぶなんてどう考えてもおかしいでしょ」
「確かに、逆なら分かるけれど……と言うかそもそも双子の姉妹だって分かってるのに一人は下の名前で一人は名字ってのも不思議な話だよね。むーちゃんは下の名前で呼べって言った?」
「最初から夢邦さん呼びだったから言ってないわね。多分、あたしが花染って呼ばれるのが嫌いだってことを知っていたのよ。意識的か、無意識かは知らないけれど呼び方の違いがでてきてしまった……そんなところでしょう。
そして何より、おかしい点が一つ」
あたしは懐からクナイを取り出しくるりと回した。
「こんな男心くすぐる物騒なもんを投げられたってのにあの淡白な反応はおかしいでしょう。見た限り女の子相手に何も言えないチキン野郎ってわけでもなさそうだしね」
クルクルと回してまた服の中に直す。クナイって便利よね、あたしみたいな雑魚でも簡単に大の大人の喉を掻っ切れる、ガキの喉ならもっと簡単……ふふふふ。
「むーちゃん、怖い顔してるよ」
「あらそう?生まれつきじゃないかしら?
ともかく、そういうわけで縁和はあたし達の敵、少なくとも事前にあたしの情報を得ていたとしか思えないわ」
「どうする?」
「どうもしないわ。まだ誰の差し金か分からない、目的も分からない、敵意も感じられない。泳がしとくのがベターよ」
「合点」
「ま、何にしてもこんなことをすぐにあたしに気取られるようじゃ大した相手じゃないのは間違いないわ。普通のガキに毛が生えた程度の相手よ、気楽にいきなさい」
お姉ちゃんたちのパンケーキ作りも佳境を迎えているようだ……
「あつっ!!」
「縁和くん!!直接フライパンに触っちゃダメだってば!!もーーー」
言動全てが道化だったとしたら大した俳優ね。
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それからあたし達は数週間の時を過ごした…何事もなく、つまらない日々だとばかり思っていたのに………のにぃぃ。
「きっかけはあのコンビニで縁和くんに助けてもらったことなの……それからなんだかとっても心惹かれていって……
あとほら、ドッジボールの試合があったでしょう、その時私が転んでボールを当てられそうになったじゃん…あの時、私の前でボールをカッコよくキャッチしてくれて…なんだかとってもとってもカッコよくって」
失念していた……あたしにとってのつまらない日々は青春を送る小学生にとっては充実していた日々足り得ると言うことを……そしてあたしは未だに理解できていない。
「あの時、ボールと一緒に私の心もキャッチされちゃったんだ」
なぜそんなことで人を愛することが出来るのかを………たかだか一回命を守ってもらった程度で……意味分からないわ。
とにかく二つほど確信したことがある……
一つ、この一件をもって方丈縁和はあたしにとって最も潰すべき敵に昇格した。
二つ、こんな展開になるなんて……あたしはあたしが思っていた何倍も愚かなダメ女だったらしい……なんてゴミ女なのだろうか……
でも、ダメ女ならダメ女なりにできることはある……
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「と言うわけで龍虎、縁和の野郎を細胞レベルで抹消したいんだけどいい案はあるかしら?」
「やめて!!!」
突然満面の笑顔で恐ろしいことを言ってきたむーちゃんに僕はそう言うしかなかった。この後数時間にわたり懸命に説得したのであった。