すっかり夜が更けたとある時間、あたしと龍虎は近くの公園に潜んでいた。
「むーちゃん、本当に行くの?」
これまでの経緯とあたしの作戦を全て伝えた龍虎は少し不安そうにしゃべった。
「ええ、最近刺激が足りなかったし、ストレスも溜まっていたし思う存分楽しんでくることにするわ」
「……でも、むーちゃんが行かなくても僕が」
「あんたがいくら可愛らしい顔してても男よ。相手はロリコン軍曹なんだから、ロリが行かなきゃダメでしょう」
あたしが考えた作戦はとっても簡単なものだ。潜入して、ぶっ潰す。それだけのどこまでもシンプルなもの。
時間をかければ危ない橋を渡らずとも潜伏場所を特定することもできるだろうがそういう気分にはなれない。あたしが安全策を取り、時間をかけたせいで誘拐されている乃々の身に何かあったら多少なりとも目覚めが悪くなってしまうもの。
「安心なさい、あたしはお姉ちゃんの妹よ。お姉ちゃんには遠く及ばないとしても十分に美少女に分類される容姿をしてるわ。きっと相手も食いついてくる」
「うん……でも、ローちゃんと接触するなら僕が即制圧できるしむーちゃんが危険を冒す必要は…」
「複数人の少女を誘惑し、誘拐している野郎が相手よ。複数人での組織的な犯罪の可能性もある。事件ってのは木っ端の犯人を倒してめでたしめでたしになるほどシンプルじゃないものよ」
「それはそうだけどさ……」
まったく、心配性なんだから。この程度の修羅場いくらでも乗り越えてきたでしょうに。
「いい、今回は少女誘拐事件、ほっといたらお姉ちゃんにも被害が及ぶ可能性があるでしょう。1パーセントより低い可能性であってもさっさと潰しておくのが吉よ。
心配する暇があるならちゃんと自分の役目を果たしてちょうだいね」
「分かった…でも本当に気を付けてね」
「安心なさい、ローちゃんの会話ログを読んで性格は把握している、ヘマはうたないわよ。それに何よりあたしは探偵と忍者の娘よ。負けようがないわ。準備もしっかりしてきたし、隠し玉も念のために仕込んできたしね」
スマートウォッチに目をやる。そろそろローちゃんがコンタクトを取っていた少女との待ち合わせ時間ね。
本来は自分でアカウントを作ってローちゃんを釣ってやろうと思ったのだが、幸運なことにローちゃんが今夜乃々に次ぐ家出少女を回収するやり取りを見つけたので、それに乗じようというのである。
しばらく待っていると、長い茶髪をリボンでまとめたツインテールの少女が現れ、その数分後に身長180センチくらいの男性がやってきた。帽子を目深にかぶっているせいで顔はよく分からない……だが、それが逆に『不審者ですよ』とアピールしているようなものだ。
「あれがローちゃんかな?」
「多分そうね。さて、二人の話が終わるまでもうちょっと待つとしましょうか」
そこから少し経つと、ツインテールの子が「いやっ!!」と大きな声を出した。どうやら何らかの交渉だか、求婚だかは失敗したようだ…少女が走り出した途端…ローちゃんと思われる男が鞄に手を入れた。
あれは手錠……さらう気ね……さて、それじゃあ。
「龍虎、ツインテールの子のこと頼んだわよ」
「任せて」
あたしは数歩前に出た……そして。
「うえぇーーん!!!ママの馬鹿ぁぁぁ!!!!!!」
静かな空間にあたしの絶叫が響き渡る。ツインテールの子とローちゃんが何事かとあたしを見つめてきた。
あくびをする時を思い出す…そしてあたしは涙腺から涙をポロポロと流した。顔をくしゃくしゃにして、腕で顔を拭く。そしてローちゃんの方に向けてあたしの顔を見せつけてやった。
「バカバカバカ!!バカ!!!」
ローちゃんがこちらに寄ってきた。見事に釣れたわね。あたしの視界の中でツインテールの子の後ろに龍虎が現れどこかに連れていく……保護完了ね。
「どうしたのお嬢ちゃん?」
「……別に……何でもない……です」
「何にもないってことはないだろう、そんなに泣いて。僕は怪しいもんじゃないよ」
敵意がないことを示すかのように両の手を挙げた。この角度からならきちんと顔が見れるが、存外顔は整っている…30代後半くらいかしら?
「別に…別に……」
少しもじもじしながら間を取った後。ぼそりと「ママと喧嘩したの……もう帰れない……」
そうつぶやいた。
「じゃあ、僕の所にくるかい?」
「えっ?でも知らない人の所に行っちゃダメだってママが」
「そのママと喧嘩したんだろう。大丈夫、僕の家には君と年の近い女の子もいるから心配することないよ」
へ~~~そうなのねぇ~~~~そいつは安心だわ。どこに安心できる要素が分からないのが逆に安心するわ~~~~もしかしてその女の子って及川乃々って名前だったりするのかしら??
「じゃあ……ちょっとだけ………お邪魔します」
「うん、歓迎するよ!!」
ったく、たった今ターゲットからフラれたせいかしら?そのギラギラした瞳を隠す努力くらいしなさい。古今東西身体目当ての男は愛されないもんよ。
あたしはミニバンタイプのシルバーの車の座席に腰を沈める。ドアが閉まる音がやけに重く響いた。この空間はあたしと変態だけ。せっかく夜のドライブなのになんてロマンティックとはかけ離れたシチュエーションなんでしょう。
ま、アジトに潜入よ。せいぜいドキドキさせてちょうだいね。