「ふぁあわ……疲れたぁ」
流石にちょっとはしゃぎすぎたわね……いつものあれをするしかないか。
あたしは心身ともに疲弊しきった時決まってする儀式がある。湯船に大量のイチゴオレを注ぎ込んでゆっくりとそこに浸かる……そう、イチゴオレ風呂こそがあたしの最高のリラックスなのよ。イチゴオレは本来飲むものだと分かってはいるんだけど、今よりさらに小さかったころ、冗談半分で作ってみたらとても癒されたのをきっかけにハマってしまったのよね。
「うーーーん………ほーーーーん………ふぅ」
足をしっかりと伸ばしながら首をクルリと回す。ペットボトルのイチゴオレを飲み、内外共にイチゴオレで満たした。
今回、ロリコン軍団のアジトを壊滅させた後の処理はあたしの信頼できる部下に任せておいた。まだ調査の途中ではあるのだが、予想通りと言うかなんというか、捕まえたロリコンどもは上からの指示に従っているだけの砂利どもであり、核心に迫る情報は何一つ見つかっていないらしい。
文書などの情報についても調べさせたのであるが、こちらの方も実のある情報は特にない……住所を調べてみると存在しない住所であり、名前は田中太郎とか、佐藤花子とか言う用紙に記入するときのお手本のような名前ばかりであり、おそらく偽名であろうとのことだった。
柚原が持っていた銃についても調べを進めているのだが、本人曰く指示を受けた人間から渡された、それ以上のことは分からないと言っているだけでまったく背景が分かっていないらしい。とどのつまり背景に巨悪がいるのは明らかなのに、三下どもを制圧した以外は一歩も前に進んでいない。
しかし、一番面倒だったのはそんなことではない。保護した乃々への対応である。
「ま、あたしにしては上等よね」
手のひらを器用に使い、水鉄砲ならぬイチゴオレ鉄砲を作った。アーチを描くイチゴオレが美しいわ。
「………はぁ……………」
保護した直後の乃々は錯乱していた。とにかく「ローちゃんは旦那様なの!!ローちゃんは悪い人なんかじゃないもん!!」と言った言葉を乱発し、まともに会話をするのも一苦労だったようだ。
結婚式までしていたことからなんとなく分かっていたが、骨の髄までローちゃんのような訳の分からない男に惚れこんでいたらしい…残念ながらあたしには少したりとも理解できなかったし、そんな面倒な奴にわざわざ優しい言葉をかけてなだめてやる義理もなかった。
なのであたしは今回の依頼者に報告に向かったのである。
~~~~~~~~~~~
探偵部が勝手に部室として使っている地学準備室であたしは真理子と向き合っていた。
「それで、乃々は見つかったの?」
「はい」
前のめりに聞いてきた真理子にあたしは端的にそう答えた。彼女の顔がパッと明るくなるがあたしはそれを制した。
「保護もしましたけれど、ハッキリ言ってまともな状態じゃないですね」
「そ…そうなの?」
「ええ、犯罪者の男にどっぷり惚れこんでいたみたいで、情緒がまともじゃないですね……保護している人間も苦労しているらしいですよ」
「そんな……」
「会いたいなら会いに行ってあげてください。あたしみたいな女より、友達が見舞いをしてくれた方が乃々先輩も嬉しいでしょう」
あたしは乃々を保護している住所の書かれた紙を差し出し、椅子から立ち上がった。
「それではあたしはこれで……ああ、お姉ちゃんに今回のことは言わないでくださいね。探偵部の連中にも、乃々は大人の人が見つけてくれた程度の報告に留めておいてください」
「待って!!」
待てと言われたので、あたしは待ってあげた。
「その……ありがとう。乃々の為に頑張ってくれて」
「……で?真理子先輩はスッキリできましたか?」
「え?」
何を言われたのか分からなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「今回の誘拐事件の発端になった貴女は、乃々先輩が保護されてよかった、これで晴れて一件落着だってスッキリできたんですかって聞いているんです」
「っ……!」
あたしは再び椅子に座った。
「何で…それを」
「貴女が最初、一所懸命に乃々先輩の捜索を頼んできたときから違和感を覚えていたんですよ。友達がいなくなって不安になるのは分かりますが、だからと言って見ず知らずのあたしに助けを求めるのはちょっとやりすぎなんじゃないかってね。
ただ賢いって評判があるだけのあたしに必死に頼むのは、親しい友人である探偵部や、そういうお仕事をしている警察や探偵に頼むのとはわけが違います。そんなことをするのはよっぽど心配性なのか、それとも何か罪悪感の様なものがあるからじゃないか、そう思ったんですよ」
雫に乃々のアカウントを調べさせるついでにちょちょいと調べさせたらすぐに判明したことがあるわ。
「最初にローちゃんとコンタクトを取っていたのは、真理子先輩ですよね」
「………」
「経緯までは分かりませんが、貴女が紹介する形でローちゃんと乃々先輩はメッセージを交換する仲になり、そして惚れこむ結果となってしまった……結果論ですが貴女が乃々先輩誘拐事件の発端となってしまったんです」
真理子は少し唇を動かした後にゆっくりと言葉を紡いでいった。
「最初は単なる好奇心だったの…大人の人と話してみて楽しいのかなって、どんな気持ちになるのかなって……でも途中からなんか変だなって思って…だって家族のこととかいっぱい聞いてくるんだもん………そんな中乃々に話してみたら興味をもったみたいで……」
彼女の拳がギュッと握り締められた。悲痛な声が絞り出ていく。
「こんなことになるなんて思ってなかったの……まさか乃々が………こんなことになるなんて………私は…私は一体どうすればいいの?」
やっぱり罪悪感を抱いていたのね……正直、そんなもんを抱え込む必要性は皆無だと思うわ。だから分からない、どうしてそんな気持ちになっているのか、あたしにはさっぱり分からない。
「知りません」
バッサリとそう言ってやった。だって知らないのだからしょうがない。論理で答えが導かれるわけでもないし、共感してやることもできないのだから。
「まぁ一強いていうなら乃々先輩の見舞いをしてやって、少しでも支えてあげてください。彼女が普通の生活を取り戻せるまで」
そう言った後にあたしは今度こそその場を去っていった。
ガキであるあたしが、同じガキとは言え年上の先輩方にこれ以上骨を折ってやる義理はないのだから。
あたしはお姉ちゃんとは違う……誰彼かまわず優しくなんてできないのだ。
~~~~~~~~~~~
イチゴオレを頭にかぶりながらあたしは天井を見上げた。乃々や真理子に対して、立派な対応が出来たとは思えない。そしてあたしにはまだやらないといけないことが残っている。
「はぁ……今回の件、多分花染家のゴミが背後にいるわよねぇ………」
実家のお掃除をしないといけないなんて………面倒くさいわね。
イチゴオレ風呂に潜って軽く溜息をついた。