嘘だろ……なんなんだよあいつら………俺は……あんな奴らと。
俺の名前は方丈縁和、とある使命を帯びた男である。俺はたった今、モニタールームで夢邦や龍虎たちの大立ち回りを目撃してしまった。
「どうだい?改めて分かったかい?彼らこそ君が探るべき小学生たちだよ。縁和くん」
俺の肩をポンっと叩いているのは鮮血の様な赤い髪色をした男性、花染幸充さんだ。俺を夢邦たちの元へ送り込んだ張本人でもある。
「人間技じゃないですよ……あんなの」
「おいおい、そんなことじゃ困るなぁ。あんなの彼らにとってはほんの一面にしか過ぎない。なにせ、私が愛する花染家の次期当主にまだ小学生の分際で内々定している女と、その女が全幅の信頼を置いている男なんだ」
俺には両親がいない。気づいた時には俺と病弱な妹を残して蒸発していたのである。両親がいなくなれば本来行政なり、警察なりに保護されることになると今なら知っている…だが、俺たちを拾ったのは探偵一族である花染家だったのだ。
「腕力だけで車を止めるのがほんの一面だというんですか?」
「ああ、もちろんだ」
そして俺と妹はこの花染幸充さんの下で育てられ、指令を下された……何が目的なのかは分からないし、正直知りたくもない。とにかく、調べろと言われたのでなるべく夢邦やその一味の下に潜り込み、日常を報告していたのだ。
この倉庫に来たのだって、偶然見つけた龍虎を追いかけ何をするかを報告しようとしただけに過ぎない。
ただ、俺がこの倉庫に入り込んですぐに幸充さんに発見され、このモニタールームに通されたのだ。
「しかし君がここにくるとは思っていなかったよ。ちゃんと熱心に仕事をしているようだね。関心関心」
「あ、ありがとうございます」
心臓を氷で冷やした手のひらで鷲掴みされているようなプレッシャーを感じる…
「君の働きには期待しているよ。花染家の未来は君の肩にかかっていると言っても過言ではない…っと、余計なプレッシャーをかけてしまったかな。失敬失敬。気楽に気楽にやっていいからね」
口を開いて大袈裟に笑う。ただ、どうにも作られたものの様な気がしてならない。
「俺は…これを見せられて何をすればいいんですか?」
「何も変わらないさ。たまたま私がいるタイミングで面白い見世物があった、そこにたまたま君がやってきたから一緒に見物しようと思った、それだけなんだよ」
幸充さんはウーロン茶を飲んで優しく微笑んだ。
「気楽にしたまえ、君がやることはこれからも変わらない。夢邦ちゃんたちと仲良くして私に報告をすればいいだけ……簡単ではあるが、夢邦ちゃんたちと同い年である君にしかできない重要な任務だ」
「でも……」
俺は……俺は………
「ん??なにかな?」
幸充さんが俺を覗き込んできた。突然のことに何も言葉がでないでいると、両の手が俺の肩をポンポンと叩いた。
「それじゃあ、私はそろそろ帰ることにするよ。しっかり勤めを果たしなさい」
「はい……」
さっき夢邦が言ってたよな、ここは人身売買をしていたって……そんな場所に幸充さんがいた……それってつまり………つまり…………
無意識に拳を握り締めていた…手のひらに爪が食い込んだ痛みでようやく気が付く。
こじゃれたスーツ姿の幸充さんが軽やかな足取りで俺から離れていく。まるで一仕事を終えたばかりの普通のサラリーマンのように……ここで起こったことなんて取り立てて大したことでもないように。
俺は…俺は………このままでいいのか?
『兄さま、私のせいでごめんね……苦しかったらいつでも逃げていいんだよ』
「美緑……」
逃げることはできない。深く探ることもできない。そうだ、俺はしょせん普通の子供なんだ……たまたま探偵一家に拾われた子供なだけなんだ………美緑の治療ができるほど裕福な家に拾われた幸福な男なんだ。
「粛々と、何も考えずに………言われたことだけをすればいいんだ」
モニターをじっと見つめる。
『龍虎、こいつらの一派は全員ふんじばった?』
『見つけた範囲は全員拘束しといたよ……あと、乃々ちゃんもいたから取り合えず保護しといた。今は雫さんが面倒見てる』
『ご苦労、じゃあ後は後続部隊に任せてあたしたちは帰りましょう……少し働きすぎたわ』
『夢邦、大丈夫?』
『平気よ。でも、あとでお姉ちゃんへお説教しないといけないから体力は残しとかないとね』
『ええっ!!??』
その時、モニターの向こう側にいた琴流が何かにひっかかったようで転びかけた。「危ない」そう言葉にしたときはすでに夢邦が手を掴み、助けていた。
『疲れてるのよ。龍虎、抱っこしてあげなさい』
『大丈夫だよ。ちょっと油断しただけ』
『駄目よ、人質にされるなんて大変な目に遭ってお姉ちゃんの体力もメンタルもゴリゴリ削ったに違いないわ。龍虎』
『うんっ』
そうして龍虎が琴流を抱きかかえた。琴流が少し恥ずかしそうに笑っている。
その時、モニター越しに夢邦がこちらを向いた……気がした。大きくて意志の強い瞳が俺を見ている……気がする。
「……………」
俺はこいつのように強くはなれない………そう確信してしまいそうな瞳だった。
「くそっ!!」
振り上げた拳がモニターに落ちていく……が、叩き割る直前でピタリと止まった。
「くそぉぉぉ………」