「えいっ!!えいっ!!!」
お姉ちゃんが庭に設置された的に向かって一心不乱にクナイを投げていた。時には真っすぐに走るのだが、大抵は少しズレたところに刺さっている。
「うーん、あとちょっとだぞ琴流。手首のスナップをもっと意識するんだ」
「分かったパパ!!」
パパがお姉ちゃんの手に直接触って指導をしている。何とのどかな光景なんでしょう。
パパは花染家に婿入りした元初川家の一員だ。初川の一族は先祖代々愛が重く、自由恋愛でのみ婚姻を結んできた家系であり、同時に忍者の末裔でもある。何を隠そうあたしの暗器やクナイの扱いも元をただせばパパから技術を盗んだものなのだ。
「夢邦はパパたちと一緒に練習しないの?」
ママがスイカバーをかじりながらあたしの隣に座った。今日は外出の用事もないのにしっかりメイクを整えているのはご苦労様である。
「今はそんな気分じゃないの。それよりお姉ちゃんの練習を見ていたいのよ」
あたしはイチゴオレを喉に通す。
「それで夢邦、貴女私たちに何か隠してない?」
「ええ、隠していることはいっぱいあるわよママ」
水が高い所から低いところに流れるように自然な動きでママはあたしの目を真っすぐに見つめてきた。
「安心して、ママの手を煩わせるようなことはないわ」
「最近、人身売買の疑いがある組織を潰したらしいじゃない」
ガリっとスイカバーがえぐられた。アイスクリーム頭痛が起こったのだろう、頭に手をかざす。
「あんまり無茶はしないでよ。なんて言ったって」
「親戚のおじさんだかおばさんだかと戯れるなんていたって普通のことじゃないかしら?」
あたしはママの言葉を遮り言葉を割り込ませた。
「知ってたの?」
「推測したのよ。この町はあたしたち花染家が牛耳っているとっても過言じゃないわ。些細ないざこざならともかく、それなりに期間が長い人身売買なんて耳に入らないわけがない」
おっ、お姉ちゃんが上手に的のど真ん中にクナイを当てた。ぴょこぴょこと跳ねまわりパパに抱き着いたではないか。可愛いわねぇ。
「なのに耳に入っていないってことは、よほど隠すのが上手なのか、はたまた花染家の誰かが関与していたか、とまぁそんなことを思ったのよ」
「貴女は教育の甲斐がないくらいしっかりしてるわよね。ママ、ちょっと寂しい」
「そう言わないでちょうだいよ。あたしはパパとママの背中を見て育ってるんだもの。しっかり範となってちょうだいね」
「そう。じゃあ親として一言」
ママの言葉のトーンが一段階下がった。ちょっとだけ全身に力が入る。
「闇に踏み込みすぎないで、貴女はまだ子供なのよ。それに琴流だって危険な目に遭うかも」
………ふふっ。
「分かってるわよ。降りかかった火の粉を払う程度に抑えておくわ…できれば」
「できればってあんたねぇ」
「安心してってことよ。あたしには龍虎や雫がついているし、それにママ」
あたしはパパに高い高いをされてテンションが上がっているお姉ちゃんに視線を移した。
「お姉ちゃんだって弱くないわ。自分たちの娘を信じてちょうだい」
「そう言われると…ったく、ズルい言い回しするわよね」
「ママの娘だもの。
それより来週あたしたちバーバたちのところ行くんだけど」
「え?どういうこと?」
「ほら、初川家って忍者屋敷を一般開放してるじゃない。アトラクションにもなってるところ。課外学習と言う名のお遊びで行くことになったのよね」
「へー、お義母さんたちも喜ぶんじゃない?」
「いやまぁ、そのことなんだけどバーバたちは顔を出さないように伝えておいてくれないかしら?」
「えっ?なんで?」
あたしは若すぎる容姿をもった自分の祖母、つまりパパのママを思い浮かべた。
「バーバもジージもあたし達のことが好きすぎるのよ。クラスの皆の前で醜態をさらすのを見たくないわ。
流石にあたしが直接言うのは憚られるからよろしくね」
「いや、あんたねぇ……私とお義母さんたちの微妙な距離感知ってるでしょう。っていうか、その前に親を使わないでくれるかしら?」
「ほら、この前賭け将棋であたしママに勝ったじゃない。あの権利を今行使するってことで」
「ううっ」
悔しそうな表情のママにあたしは年頃の娘らしい優しく、愛らしい笑みを返した。
「じゃ、よろしく。あとママ、これは余計なことだけど」
「なーによ?」
「スイカバー溶けちゃうわよ。早く食べないと」
「…あっ!!??しまった!!」
ポトリポトリと床に落ちていく滴を見ながらあたしは微笑んだ。
こんな平和で呑気な日々がいつまでも続いていきますように……
「それで夢邦、実は琴流が最近好きな男の子が出来たって情報が「デマよ」………はははぁ、あんたねぇ」
「お姉ちゃんを好きになる奴がいたとしてもお姉ちゃんが好きになる男なんていないわ。もしいたとしてもお姉ちゃんに彼氏なんてまだ早いわ!!!」
「早いってどのくらい?」
「せめて高校生になるくらい!!!」
「完全無欠な自慢の娘だけど、こういうところはどうにかして欲しいわねぇ」
ママがニヤリと意地悪く笑った……ったく、この親は娘のことをなんだと思っているのかしら?
「もうっ」
「かーわいい♡」
不意にパパがこちらに近づいてきた。
「どーしたの夢邦、ママ?ひょっとして恋バナか?パパも混ぜてくれよ」
「うるさいっ!!」
「ガールズトークにパパは入ってこないで!!!」
「いいじゃん、パパだぞ。パパなんだぞ」
「五月蠅いって言ってるでしょう!」
あたしは思いっきりクナイを投げてパパの後ろにある石灯籠にぶち当てた。
「うおぉぉ……相変わらずパパの扱いが酷いなお前は……でも可愛い♡」
「キモい」
「こんなところも可愛いよな、なーママ」
「ええ。パパ」
二人は息を合わせて気色悪く微笑む。
「「かーわいい♡」」
「気色悪~~い」